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しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

22 女になる

10歳になるかならないかのあたりから、クラスメイトの女の子たちがピンクの装丁が目印の恋愛小説シリーズをこぞって読み漁るようになって、とても気分が悪かった。

それまで男子も女子も分け隔てなく遊んでいたはずなのに、急に女っぽく振るまうようになる子も現れて。長い髪だったり、レースのお洋服を着ている子は今までもいたけれど、中身までフリフリになるなんて。『女になる』って媚びていて、格好の悪いことだと思っていたわたしは、そういう子のことをもれなく『ぶりっ子』と心の中で軽蔑していた。

朝の朝礼の「本の感想」の当番ではまず

「わたしは、〇〇さんや〇〇さんが読んでいるような少女向け小説は絶対に読みません」

と、名指しで彼女たちを睨みながら宣言していたし、ゾロゾロと何人かでトイレに行く子らを教室から冷ややかな目で見送っていた。きっとあの子たちは(マホちゃん、急にどうしたんだろう…)と思っていたはずだ。

わたしだって、光GENJIを追いかけていたし、好きな男の子だっていた。でも、自分が”女”になるのはちょっと違うと思っていた。光GENJIとも、好きな男の子とも、仲良しになれたらそれで充分だったのだ。

学年で一番身体の大きなケイ子さんの次に初潮がきたのは、わたしだった。小学4年生の終わり頃。

胸も膨らみ始めてきた。

峰不二子に憧れて、1人部屋でテニスボールをふたつ服に詰めて鏡に映してみたりしてはいたけれど、いざ自分がそうなるのはとても受け入れられるものではなかった。

これは生理なんかじゃない。生理用ナプキンなんていらない。ブラなんていらない。

あんなもの買ってしまったら、自分が“女”だって認めたことになる。

生理中はパンツを何重にも履いて、膨らんだ胸はタンクトップでごまかしていた。

しかし、すぐに母からはちゃんとナプキンを買うように、先生からは教室で平気で着替えをするのでスポーツブラを買うように諭されてしまった。

わたしは仕方なく、周囲の人たちの為に“女”になることにしたのだった。

 

そんな気持ちを思い出したのは、沖縄料理へ友達と行ったらからだ。わたしがその店の名物イカ墨焼きそばを注文しようとすると、女の子たちは口々に「歯が黒くなるんでしょ?」「帰りの電車で恥ずかしいかも…」なんて言い出した。多数決でわたしはイカ墨を諦めたのだが、もし次の日に朝礼があったなら

「わたしは○○ちゃんや○○ちゃんのように、格好つけて食べたいものを我慢したりしません!」

と、宣言したことだろう。

 

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。