草彅洋平「世田谷酒日記」

第三酒 世田谷 酒の高橋

「世田谷屈指の居酒屋はどこ?」と聞かれたら、僕は迷わず「酒の高橋」の名前を上げるだろう。そもそも酒の高橋が存在しなかったら、世田谷での飲みというものについて、ここまでこだわらなかったにちがいない。高級住宅地の片隅にある素晴らしき居酒屋、そんな世田谷居酒屋の条件を完璧に満たしているのが酒の高橋なのである。

とはいえ良い店ほど人に教えたくない。僕は酒の高橋に関してはまさにそんな気持ち。言い出しっぺに関わらず、紹介することに、やりきれない一抹の侘しさを感じてしまうのだ。池尻大橋の「つくしのこ」が食べログでいつの間にか高得点を記録し有名店となってしまった現在、酒の高橋だけは世田谷の聖域として守っておきたいという心情がありもする。読者がこのコラムを読んでくれて、ケロリと忘れてしまうことを願うほどに、僕は「酒の高橋」を愛してやまない。

まず軒先に出た真っ赤な「勉強王」と書かれた提灯がかっこ良すぎるよ!「海賊王になる!」はあるかもしれないが「勉強王になる!」なんて普通は公言しない。勉強とはもちろん価格のこと。まさに居酒屋キングに恥じぬ店構えに、飲む前からノックアウトされてしまう。

瓶ビールのみのシブさもいい。この店の最大の売りは600円の刺身「三点盛り」だ。これが日によって種類が変わり、バツグンに美味い。時折メニューに並ぶ、豚と玉葱オイスター炒め、ジャガ芋明太子炒め、ほうれん草ベーコン炒めなどの、メチャ旨い一品料理のプライスは480円。そして冬は、季節限定の鍋がある。二人前ほどのボリュームのたらちり鍋、かき鍋、白子鍋などがオール800円。もう世田谷居酒屋のリーサル・ウェポンと呼んでいいだろう。

帰りしな、驚愕に安いお会計に笑顔になるのは間違いないが、運が良ければ、お母さんが「また来てね」と渡す缶コーヒー等のお土産に、魂が揺さぶられるだろう。

なぜここまで人に尽くすのか? 酩酊した頭で考える事がこれほど楽しいことはない。

酒の高橋
住所:東京都世田谷区世田谷3-1-26 TEL:03-3420-5051
営業時間:17:00~22:00頃 定休日:第3土曜日、日曜日

草彅洋平(くさなぎ・ようへい) 1976年東京生まれ。(株)東京ピストル代表取締役として、プランナー、編集、執筆、ディレクションなど幅広い業務をこなす。編著に『作家と温泉』。
http://www.tokyopistol.com/