しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

6 六本木ヒルズの同級生

六本木での仕事が午前中に終わったので、ヒルズで働く中学校時代の同級生アラコを呼び出してお昼を一緒にとることにした。

「今、ヒルズの1階にいるんだけど……」

「わかった。今降りて行く。スタバの前にいて」

アラコの職場は30階より上らしい。

「どっちのスタバ?」

「けやき坂の方の」

「けやき坂? どこソレ?」

「……今何が見える?」

「高級ブランドの店」

埒の明かない会話を一通りしてから、アッチコッチ動き回ってわたしたちはようやく顔を合わせることができた。地上に降りた同級生は外出用の小さなトートバックからブランド物の長財布を覗かせ、”けやき坂”にあるカフェへわたしを案内してくれた。

テラス席には外国人。店内には大きなサングラスとベビーカー、ホットパンツにムートンブーツの若いママたち。

1時間しかないランチタイム。テーブルに置いた携帯の時計を気にしながらわたしはメニューを斜め読みした。

「わたし、ハンバーガーとアイスティー」

「わたしはミートソースパスタと食後にコーヒー」

よかった。アラコがミートソースを選んでくれて、少しホッとした。

近頃、しばらく会わない間にベジタリアンになった知人がいて、その人の前で肉料理を食べた時、得も言われぬ罪悪感を感じたので。
アラコは外資系に勤める立派な大人だ。社会人になってから会ったのはこれが2回目。少し前、10年ぶりに路上で再会し、その時にお互いの近況と連絡先を交換したばかりだったのだ。

実は2人きりで食事するのもこれがはじめてで最初は少し緊張したが、思い出話をしていくうちに次々と記憶のドアが開き、あれも、これもと会話が弾んだ。

「アラコ、誰が好きだったんだっけ?」

「本屋の息子の○○くん」

「あ~そうだったんだ」

「○○くん、フィルムケースに消しゴムのカス集めてた」

「なにそれ! 知らなかった」

「有名じゃなかった? あとカリカリ梅が好きでいつもポケットに忍ばせて…」

「どうでもいい情報だなあ…」

○○くんは、卒業のしばらく後に一家で夜逃げしてしまい今も消息不明だ。

「アナウンサーになりたいって言ってたよね」

「どうしてるかねえ……」

かつての同級生が自分の思い出話をしながらお昼を食べているなんて、彼は思いもしないだろう。それはわたしも同じだ。日本のどこかで、わたしの中学時代のどうでもいい情報を話す人がいるとは想像もつかない。

最後、ノートにアラコの住所を書いてもらい、別れた。

帰りの電車でなにげなくそれを開くと、その変わらぬ筆跡があまりにも懐かしくて思わず目の端に涙が溜まった。

しまおまほ(島尾・真帆) 1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。