しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

7 ミドリちゃん

小学校の入学式でのわたし

久しぶりの友だちと会って、カレーをわざわざ牛込柳町まで食べに行った後に、新宿の「らんぶる」でコーヒーを飲んだ。休日の「らんぶる」は老若男女が入り交じって席を占拠し、普段の静かな店内とはまるで違う雰囲気だったので驚いた。えんじ色をしたベロア生地の椅子に、半ズボンを履いた女子高生らしき2人組がにょっきりと太ももを出して斜めに座っている。近くのカフェはどこも満員で、仕方なしにここへ流れ着いたのかもしれない。そうでなければこんな「昭和臭い」店、10代の女の子が選ばないのではないか。常連らしきオジさんはいつもと違う店内に落ち着かない様子で、スポーツ新聞をひっきりなしにめくっていた。

『北朝鮮 ミサイル発射はいつ?』

近頃、めっきりテレビを観なくなったので知らなかったニュースだ。知らなければ知らないで、のんきに毎日を迎えられる。しかしそれを少し後ろめたく思う気持ちもあるからやっかいだ。

壁にかかった時計を見ると、席についてもうかれこれ2時間は経っていた。しかし、まだまだ話したいことがある。友だちもそんな様子で「そういえば、、、」とか「あれって○○だっけ?」なんて次々と口を開いていた。

ピロリロピロリロ♪

知らない番号からの着信。友だちは会話を止め黙って手の平をこちらに見せて「出て良いよ」の合図をした。こんな控えめな優しさが好きだ。

電話の相手は、前置きもなく突然話し始めた。

「マホちゃん! ミドリ、お花見してるの! すぐ来て!」

それは近所に住む女の子、6歳のミドリちゃんだった。

「ミドリ、小学生になるからこどもケイタイ持ったの! お花見きて! いま! すぐ!」

ミドリちゃんとお母さんがいるのは新宿からさほど遠くない公園だった。1年前も、5歳だった彼女と同じ場所でお花見をしたのだ。その時はお花見中にも余震があって、小さなミドリちゃんがこんな所にいてもいいのか、なんて思って気持ちが落ち着かなかった。落ちてくる花びらを、口で受け止めようとするミドリちゃんにずっとヒヤヒヤしていた。夕方には小雨が降り出して、上着をかぶせて彼女を雨粒から守った。

「明日入学式なんだよ! 学校いったらいそがしいからサ!」

去年は1年後がわからなかった。でも、それは今も同じ。

「ヨシ! 行くね。今すぐ行くから。ミドリちゃん待ってて」

「ヤッター!」

それぞれのテーブルから発せられる会話の中をくぐり抜けて、休日の街に出た。この後にデパートの化粧品売り場と、ハンカチ屋さんに行く予定だったけど、そっちのけで私たちは駅へ走ったのだった。

しまおまほ(島尾・真帆) 1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。