今月の特集

今月の「ものづくり」
ワークショップの本当の意味を知っていますか?

取材・文 小林英治 写真 橋本裕貴(ポートレイト、プレーパーク)

「ワークショップ」とよく聞くけれど

「ワークショップ」という言葉を聞いたことがありませんか? 例えば、ものづくりの現場でいろいろな人と作品をつくりあげたり、美術展や展覧会などでアーティストと一緒に何かを体験したりするとき。実際、IID 世田谷ものづくり学校でも毎週さまざまなワークショップが開催されています。

『広辞苑( 第六版)』で「ワークショップ」を引いてみると、「① 仕事場。作業場。② 所定の課題についての事前研究の結果を持ち寄って、討議を重ねる形の研修会。教員・社会教育指導者の研修や企業教育で採用されることが多い。」とあります。①はもともとの意味だと推測できますが、②は具体的ですがかなり意味は異なります。さらに『大辞林( 第三版)』では、それらに加えて、「③ 舞台芸術などで、組織の枠を超えた参加者による講習や実験的な舞台づくり。」とあり、『新明解国語辞典( 第七版)』になると、「[ 社会の各方面で]定義された課題についての具体的な方法・処理などに関して、意見を交わしたり、案を作成したりするための集まり。」となっています。このように「ワークショップ」とひと言で言っても、シーンによってさまざまな意味があるようですが、あまり明確な共通理解がなされないまま使用され、ぼんやりとイメージで伝わっているようにも感じます。

そもそも「ワークショップ」とはどんな意味なのでしょうか? 青山学院大学で社会人向けに「ワークショップデザイナー育成プログラム」を講じる苅宿俊文教授に話をうかがいました。

自分たちで解をつくりだしていく

日本で「ワークショップ」という名で最初に開かれた集まりは、1947年に東京帝国大学で行われたものです。戦後、アメリカが封建的な日本社会の民主化を目指して行なった改革に、財閥解体とあわせて教育の改革がありました。そこで、全国の教育長などを集めて、現職教員が日常の指導の中で課題に思っていることを解決するために、偉い先生の話を聞くのではなく、現場の先生同士がディスカッションの中で妥当性の高い解決法を探りあい、それぞれ持ち帰ってフィードバックしていくということをやったんですね。広辞苑などで書かれている研修会的な意味はもともとそこらからきているのだと思います。その後いくつか理由はあるのですが、学校教育はそういった形のものではなくなっていきました。一方で、社会教育の方面ではその手法が残り、まちづくりに参加する市民活動の方面でも延びていきました。世田谷区には70年代からの先駆的な例がいくつかあります。

ワークショップの本質的なところは、知識の獲得が目的ではなく、自分たちで納得していく、自分たちで解をつくり出していくというところにあります。世田谷でプレーパークの活動をなさっていた方は、そこを理解されていたのだと思います。普通私たちが公園というものを考えるとき、すべり台があって砂場があってジャングルジムがある。これは法律に準拠した、つまり大人が考えた環境です。プレーパークは、子どもたちが自分たちでルールを決めていく遊び場ですから、皆でつくりあっていくことを重視したワークショップ的な考えが根本にあると言えます。今の言葉で言えば「協働」ですよね。現在の社会では、こういった姿勢がいろいろな場面で必要とされているからこそ、さまざまな分野でワークショップという名前が使用されているのだと思います。

ワークショップは手段にすぎない

「ワークショップは何のためにやるんですか?」と聞かれるとき、私は、ワークショップは活動自体に目的の多くが含まれていますが、方法としてワークショップを選ぶときには、コミュニティ形成、要するに仲間づくりのためという目的があると答えます。そこでは、価値観の異なるような人たちが集まって他者理解や合意形成を繰り返していきながら、コミュニティをつくっていきます。そのためにワークショップをやるのです。しかし、他者理解や合意形成と言葉では簡単に言いますが、現実の社会で起きているさまざまな軋轢を見ていてもわかるように、実際にはとても難しいことです。だからこそ、難しい他者理解や合意形成をするためにワークショップのような練習が必要なのです。そこでは、仲良しのサークル的な関係ではなく、ミッションに基づいたメンバーシップとして運営していくことが重要になってくるでしょう。

去年から日本の人口が減りはじめ、厚労省が昨年発表したデータでは、2055年には人口が約9000万人、今の3/4になります。さらに65歳以上が約41%になるといい、国全体が「限界集落」に近い状態になってしまいます。そうすると、私たちはグローバルな社会の中に生き残らなければいけないと同時に、ローカルの社会でも生きる術を持たなければいけない。今、確実に私たちの日本という国が大きな曲がり角にあるということがいえます。特に震災以降、コミュニティや他者との関係性みたいなものをもう一度考えなければいけないということは誰もが感じています。学習として正解をたくさん得るだけではなく、コミュニティで納得する解を出していくことにも価値があると気づいてきている。これから変わっていく社会の中で、ワークショップというものを手段として使っていける人たちがもっと増えていって欲しいと思っています。(談)

さまざまなワークショップの形態

ワークショップとは、参加者が主体的に関わり、多様な価値観をもつ他者との交わりを通して、何かを学んだりつくり出したりする学びや創造のスタイルと言えそうです。その「ものづくり」はプロダクトに限らず、さまざまな人々がつながる関係性や、コミュニケーションを生み出す場であり、教育・学習、美術・演劇、まちづくり、ビジネス、社会改革など多岐にわたる分野で実践されています。

市民の手でつくられた世田谷区のプレーパークは、子どもたちが遊ぶ場所であると同時に、子どもを中心としたコミュニティの場ともなり、さまざまな価値観を持った人が出会い、遊びを通して互いを知り、多様な関係を築き上げる場所にもなっています。子どもが育つ地域の課題を自分たちで見出して解決していく住民たちの姿勢は、ワークショップ本来の手法と言えるでしょう。

世田谷パブリックシアターでは、演劇が持つ方法論を活用したさまざまなワークショップを実施。地域で暮らす人たちが、自分たちの地域のあり方、他者との共生のあり方、また個々人としての生き方といったものを見つめ直し、新たな可能性や価値を見出すための機会や場を提供しています。

そして、ここIID 世田谷ものづくり学校も、新しい学びのスタイルを実践するスクーリングパッド/自由大学の他、多様なジャンルのクリエイターが集い、地域住民にも開かれた、ワークショップ的なコミュニケーションを生み出す「場」になっています。

プレーパークせたがや

世田谷区には、30年以上の歴史をもつ「羽根木プレーパーク」をはじめ、「世田谷」「駒沢はらっぱ」「烏山」の4個所のプレーパークがあります。「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーに、公園での自由な遊びを目指して、区と地域住民、そして、子ども達が夢中で遊ぶことのできる環境を創る“遊び場コーディネーター”であるプレーリーダーを配置し、運営。05年にNPO法人プレーパークせたがやを設立し、世田谷区の委託を受けて運営されています。http://www.playpark.jp/

世田谷パブリックシアター

小学生のための遊ぶ演劇ワークショップ

1997年に開館した世田谷パブリックシアターでは、当初より、創造する公共劇場を目標に、演劇と舞踊を中心とする専門的な活動を行うと同時に、世田谷を中心とする地域の人々に向けた、演劇やダンスの手法を活用したワークショップを開催しています。その内容は、子どもを対象にしたものから、公立小中学校の先生を対象としたワークショップ、舞台芸術を普及すると同時に深く探究することを目的としたものなど多岐にわたっています。スケジュールはwebを参照。http://setagaya-pt.jp/workshop/

スクーリングパッド/自由大学

IID 世田谷ものづくり学校をメインキャンパスにして、「大きく学び、自由に生きる」人のための学びを展開する「自由大学」は、誰もが自由に学べ、誰もが教授になれ、誰もが講義を企画できるチャンスがある、社会に生きる人のための大学です。従来の学びとは形を変えて、未知のことを方法論から考えて主体的に学んでいくスタイルは、ワークショップ的な学びの可能性を示しています。2009年の開校から、既に3,000人以上の卒業生を輩出。http://www.freedom-univ.com

 


苅宿俊文(かりやど・としぶみ)
青山学院大学社会情報学部教授。協働的で創発的な学習環境としてのワークショップの研究に取り組みながら、ワークショップを企画運営するための人材を育成。ワークショップで使うリアルコミュニケーションツール「Vitamin Happy(ビタハピ)」を開発し、2008年グッドデザイン賞を受賞。これまでにデザインしたワークショップは、ICC、金沢21世紀美術館、せんだいメディアテーク、東京都写真美術館などで実施。