しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

8 父とマク

やりたいことはトコトン、 やりたくないことは絶対にやらない父。
 

母が留守の日、出かける前に父の夕食を用意すると父が

「やめてョ!ご飯作んないでョ!」

と怒った。いつも、父はわたしに食事を作られるのをこう言って嫌がる。どうやら娘に食事の世話をしてもらうのが気恥ずかしく、また手間をかけさせている負い目も感じるらしい。かといって、放っておくと自分では何も作ろうとはしない。せいぜい具なしのインスタントラーメンか、お湯で作るお茶漬けくらい。何も無い日にはお菓子や大好物のピーナッツで飢えをしのいでいるようだ。

父の手料理を食べたことがあるのは1度だけ。小学校の低学年の頃、母方の親戚のお通夜で母と祖父母が出払った夜に作ってくれたうどんだ。目の前に出された素うどん。その上に「これで一丁上がり」と言わんばかりにボン!っと茹でたウィンナーをのせた。これがうどんとの相性が異常に悪く、でもその味よりも家で出されたもので初めて不味いと感じたのが何よりショックだった。帰ってきた母に話すと笑って聞いてくれたが、父はぶ然としていて、それ以来二度と料理はしなくなってしまった。

父が頑にやらないものは料理の他にもある。飼い犬マクの散歩だ。

父方の祖母が亡くなって、奄美大島で孤児となったマクを東京の家で引き取ると決めたのは父だ。しかし、いざ飼うことになると世話をまったくしてくれない。やったのは犬小屋の設計と、冬、小屋の中にハムスター用暖房機を設置したことくらい。散歩は母とわたしに任せきりで2人が留守になるとその日は散歩がおあずけになってしまう。庭に放し飼いとはいえ、カワイソウで、一度厳しく追求したらさらに酷くヘソを曲げて1週間ほど口をきかなくなってしまった。もちろん、その後の散歩への態度はさらに強固なものになった。

ただ、トリミングの日だけは父がマクをペットサロンへ連れて行く決まりになっている。家でペットサロンのことを「犬のフーゾク」と呼ぶようになると、途端に面白がって「フーゾク行ってくる」と行ってマクを連れ出すようになったのだ。父が玄関で手綱の用意をしていると、マクは大喜びで庭を駆けずり回る。父に飛びつき、いつもよりも足取り軽く表へ出て行く。

「世話しないクセに、なんであんなに好かれているのかしら」

「ホント。憎たらしい」

そんな言葉を背中に受けながら。

なるべく父にもマクの散歩をさせるように、トリミングの予約は頻繁に入れている。そのせいで外で飼っている犬にも関わらず、うちのマクはいつもピカピカなのだ。

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。