しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

9 初恋

Sくんへの気持ちが、わたしの初恋だった
 

気まぐれで、いつもと違う離れた線の駅を使って出かけることにした。日焼け止めを塗り忘れたので影を探しながら。

大通りに向かう道すがらに中学の同級生だったSくんの家の前を通りかかった。中学生の頃わたしが片想いしていたSくんの家。

美術の時間、屋上でスケッチしているわたしの横でRCサクセションの話をした彼がすごく大人でかっこよく思えて、その日から気づくと毎日目で追っていた。特に目立つタイプではないけれど、少し過激で気の利いた冗談が刺激的だった。スポーツが苦手で校庭の隅にいるのも逆に好感が持てた。Sくんは他の男の子とは全然違う。Sくんを好きなわたしも、他の女の子とは違う。

彼の家が近所だと知って、こっそり見に行ったのは塾の帰り道。茶色いレンガの塀に玄関の藤棚。自転車の種類、車の色、窓から見えるぬいぐるみ、今夜食べるであろう晩ご飯のにおい……。好きになると、その人の家の前を通るだけでも電気が走ったみたいにビリビリするんだ。だとしたら、もし、もしも、付き合ったりなんかしたらどうなっちゃうんだろう!!?

わたしの態度の変化は明らかで、友達からクラスの女子に、男子に、隣のクラスの子に。毎日飛び交う色んな噂のひとつになってしまった。今までSくんにとってなんでもない日常の登場人物だったわたしが、違和感として映った。彼はわたしを避け、時に揶揄した。気の利いた冗談に交えながら。

彼はわたしを認めないまま、わたしは彼を嫌いになれないまま中学を卒業した。

再会したのは、大学生になってから。初めてのクラス会の後、居酒屋の廊下でSくんに声をかけられた。

「イロイロごめんね」

赤と白の縁のメガネに黄緑のズボン。ブランドものの長財布を小脇に抱えて。

「シマオさん、今度クラブでDJやるから来てよ。有名人も来るよ」

「あぁ……」

「あ、それから、オレのこと好きだったんでしょ?」

「あぁ……ハハ……」

すぐSくんに背を向けて、気づかれないように深く息をついた。

想像と違う未来だったけど、久しぶりのSくんにやっぱりドキドキしていたのだ。クラブにも、行ってもいいかな、なんて一瞬思ってしまった。

その後Sくんに会ったのは何度か開催されたクラス会でと、深夜バスで居眠りする姿を見たくらい。バスでは家の近くの停留所で目を覚まさなかった彼を起こさずに降りてきてしまった。

影を探しながら歩いたSくんの家の前、通り過ぎたあたりでわたしの後ろに大きなバンが止まった。少し離れてから振り向いて見ると、Sくんと女の人が家から大きな荷物と家具を運び出していた。チェックのシャツにチノパン。前の派手な出で立ちとは少し変わっていた。

彼が婚約して実家を出たと、同級生からいくつかの噂話のひとつとして聞いたのは、それからしばらく経ってからのことだ。

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。