草彅洋平「世田谷酒日記」

第七酒 ONSEN(その2)

今年の5月初旬に僕は世田谷区三軒茶屋に飲み屋を作ったわけだが、お陰様で大盛況、連日多くの人が訪れてくれている。なかでもみんなが驚いてくれるのは軒先に光り輝いている、温泉マークの不可思議な看板と店名だ。「ここは何のお店なの!?」と質問してくれる、通りがかりの方も多い。そんなわけで、「ONSEN」の由来とコンセプトメイキングについて書いておこう。

当初お店を出すにあたっては、出店が突発的なこともあり、内容はまったく白紙であった。料理内容もビストロ、和食、ステーキ屋と、周囲のアドバイスによって軸がブレまくるという次第。とはいえすでに賃料も発生、オープンまで時間がないという緊迫感だけがあった。そんな中、悩んでいても仕方がないと、ご無沙汰していた飲み屋にフラリと寄ると、座ったカウンターの席で、偶然隣のお客さんと話すことになった。時はゴールデンウィーク前。必然会話は「どこに行くのか?」という話でもちきりだ。なかでも温泉トークに華が咲いた。「和歌山なら湯の峰温泉がいいですね」「草彅さん、お詳しいですね」「いや、実は昨年、河出書房新社さんから『作家と温泉』という本を出してですね……」。話が盛り上がるにつれ、そういえば自分が温泉本を出すくらい温泉について好きだったことを改めて思い出した。そして温泉トークが見知らぬ人同士でも大いに話弾むことも分かった。酔っての帰り道、はじめて自身の店に対して、「温泉」というキーワードがチラつくようになった。温泉で切っていくにはどうしたらよいだろうか? 例えば料理や飲み物に日本・世界各地の温泉水を使えばいい。もともと父親が家で温泉水を取り寄せて焼酎を飲んでいたのだが、これがなんともまろやかで、美味しかった。そこで温泉水をメインにしたお店をネットで探したが、まだこの世に存在していないらしい。その段階で、自分のアイデアに価値があることを確信した。

類似したビジネスがない場合の方が、勝算は高い。こうしてあれよあれよと温泉水の専門店ができたのである(つづく)。


Toeの山嵜 廣和さんに作ってもらった温泉水ラック

ONSEN  
世田谷区三軒茶屋2-13-10 
TEL:080-3932-3390 
営業時間:20:00~5:00頃(貸し切りメインの営業です)

草彅洋平(くさなぎ・ようへい)
1 9 7 6年東京生まれ。(株)東京ピストル代表取締役として、プランナー、編集、執筆、ディレクションなど幅広い業務をこなす。編著に『作家と温泉』。http://www.tokyopistol.com/