しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

10 ミケとケミ

一番太っていた頃のミケ。今はケミが机の上で同じようにしている。

どこかの道ばたで、湿った段ボールとミルクが混じったような匂いが漂っていて、思わず懐かしくて深呼吸した。こんな時はいつも気持ちが先に胸を刺激し、記憶は後からゆっくりと追いかけてくる。

『えーっと、この匂い、なんで懐かしいんだっけ……』

口元で小さく声にしながら歩いた。えーっと、えっと……。

そして思わず『あっ』と声を出してしまった。

26年前に猫を拾った時に嗅いだ匂いだった。

お稽古の帰り道、まだ目の開かない猫が4匹、ゴミ捨て場に置かれた段ボール箱の中でチーチーと鳴いていた。家へ持ち帰り、親に頭を下げて部屋の隅にその箱を置かせてもらった。小さな子猫を1匹ずつ抱いて、冷蔵庫のミルクをチビチビとスポイトであげる。わたしは8歳。初めて“お母さん”になった日。捨て猫は学校の友だちの親戚や遠くの人にもらわれていき、残った猫がうちのミケになって23年生きた。ミケの晩年、犬のマクを飼い始めた。奄美大島でマクを飼っていた祖母が亡くなり、東京の家で引きとったのだ。ヨボヨボのおばあちゃん猫のミケとは対照的に、マクは「大元気」だった。庭を駆けずり回り、散歩へ出るとアッチコッチへおしっこをひっかけようとする。どうやら暑さが苦手だったらしい。奄美にいる時よりもハツラツになった。「大元気」は奄美の祖母の口癖。

ミケが死んだ半年後にやってきたのが“ケミ”。いつも庭をお願いしている植木屋さんに三鷹の路上で拾われて我が家にやってきた。ケミも生まれたばかりで、ミケの赤ちゃんの頃を思い出しながら育てた。ケミよりも先に家に来ていたマクは新入りの匂いを一生懸命嗅いだ。細くて小さい子猫のケミはどんどん太って、今では週に1度はネズミを咥えて外から帰ってくる。

逞しいケミはわたしたち家族の自慢だ。本当は、ケミの親にも見せてあげたい。きっと、兄弟もいただろう。ケミは頼りになるお兄ちゃんになったかもしれない。

マクの子どもの頃の事も知らない。初めて会った時にはもう成犬になっていた。祖母がどこでマクと会って、どんな経緯で飼ったのかほとんどわからない。毎日一緒に散歩に出かけるけど、それは知る由もない。

ミケだって唯一の肉親だったであろう他の3匹をバラバラの家にあげてしまった。

彼らのお父さんとお母さんはどんな風だったか、知りたいけれどそれは叶わない。マクもケミも本当の家族と会うことは一生ない。人間と関わらなかったら、そうはならなかっただろう。

夜、駅からの帰り道にケミが待っていることがある。「ニャア」と鳴いて、そのまま家までついて来る。別々の生き物だけれど、家族で、家族だけれど、別々。わたしの足にじゃれながら歩くケミが嬉しい。でもそこにはいつも、少しの切なさが一緒にまとわりついてくるのだ。

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。