サイプレス上野とロベルト吉野「ヒップホップ生涯学習〜俺もお前もまだ×2勉強×2〜」

第2限目 講師の紹介②

――先輩と後輩だったお2人が一緒に活動するようになったきっかけを教えてください。

サイプレス上野(以下サ上) オレは高校の時にやっていたグループ〈TITLE-B(後のドリームラップス)〉で作った「言刃(ことば)」っていう曲が、まず戸塚を中心にストリートスマッシュしたんですよ。

ロベルト吉野(以下ロ吉) 僕はその時は別のグループでラップをやってたんですけど、下ネタしか思い浮かばないので2年くらいで辞め
て、DJを練習するようになったんです。DJ CELORYさんの2枚使いに影響受けて同じレコードを買ったりして、最初はギャング・スターの「You Know My Steez 」でしたね。

サ上 高校3年の時に組んでいたドリームラップスの初代DJが受験で辞めて、代わりを入れたんだけどそいつが下手過ぎて駄目だなって言ってる時に、いつも地元の奴らが溜まってる場所で2枚使いしてる曲がテープがかかってて、「これ上手くねぇ、誰?」って聞いたら、「オレっす」って吉野が手を挙げて。「え、いつの間に上手くなったの?!」って感じだったんですよ。

ロ吉 スケボーブランドのZoo Yorkのビデオで「Mix Tape 」っていうのがあって、僕の好きなアメリカの東海岸のバトルDJ、DJ ROC RAIDA が出てたんです。そういうのを見ながら、夏休みでもないのに学校2カ月くらい休んで家に篭って練習してた(笑)。高2 くらいかな。それで納得いくものができたんで、久しぶりに外に出て皆に聴かせに行ったんです。

サ上 それからライブをやる時に手伝ってもらうようになって、ドリームラップスは3MCだったんだけど、だんだん就職とか専門学校行くとかで他の2人がライブをバックレるようになって、オレと吉野だけになったという感じかな。

ロ吉 すごい強烈に覚えているのが、手伝い始めの頃、ダンシング・ベイビーが流行ってて、上野君がその動きのマネをして「ガタッ」てなったとき、僕がスクラッチのネタを出そうと焦ってレコードをセットしたら、針落としたとこで「ウォー!」って叫び声が出て、上野君が「ほら、DJも怒ってんだろ!」って煽ったら、客がすごい盛り上がったんですよ。それは偶然だったんですけど、その時にライブの楽しさを知りましたね。

サ上 2人ともはっきりと「結成しよう」とは言ってないんですよね。ただ本気でやるようになったきっかけは、横浜のベイホールでライムスターとかも出てる2,000人くらいの大きなイベントに前座で出たとき。当時はライブでめちゃくちゃやっても怒られたりしなかったからクラブシーンをナメてたんですよ(笑)。でその調子でその夜もやったら大失敗して、このままじゃ引き下がれないから、これはマジでやらなきゃマズイな!って楽屋で話した。オレはもうサイプレス上野って名乗ってて、お前はまだDJテツだったよな。

ロ吉 そう。そのあと僕がロベルト吉野に変えて、上野君が「&」はダサいから「と」でよくね?って。そんな感じで名前は決まりました。

サイプレス上野とロベルト吉野(通称 「サ上とロ吉」) 
2000年に「横浜ドリームランド」出身の先輩と後輩で結成(マイクロフォン担当:サ上[上部写真左]、ターンテーブル担当:ロ吉[同右])。「HIP HOPミーツallグッド何か」を座右の銘 に掲げ、「決してHIPHOPを薄めないエンターテイメント」と称されるライブパフォーマンスを武器に毎年120本近くのライブを行う。ラジオパーソナリティ、TV番組・CMでのナレーター、ファッション・カルチャー雑誌での連載、モデルとその活動は多岐に渡る。12年3月に約3 年ぶりフルアルバム『MUSIC EXPRES$』をリリース。
http://www.sauetoroyoshi.com/