しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

11 先生のデート

田端先生が担任だった頃。「オジカ」は
駅の近くでお嫁さんがお店を継いでいる。

今年の夏は、友だちとかき氷屋巡りに精を出した。原宿、笹塚、浅草、目黒、駒沢。やれ日光の天然氷だ、

自家製練乳だ、京都の老舗がデパートに出店だ……、情報を掴んではメールを何往復もさせて目当ての店を決めた。

フワフワの氷と特製シロップ。口で溶ける度に感動して、かき氷が美味しく食べられるのだから暑い夏がもう少し続いてもいいかもしれないと思った。

20年以上前、豪徳寺駅の一角に「オジカ」という甘味処があった。夏になると毎日ここのかき氷を食べる人たちで行列ができていた。

洞窟のような薄暗い店内で腰を曲げたおじいさんが裏口から氷を運び出し、髪をお団子にしたおばあさんが出来上がった氷にスプーンを挿して机にコトンと置いてくれる。

オジカのかき氷はシロップが底に沈めてあるので掘り起こしながら食べるのがけっこう難しい。ミルクは練乳ではなく、粉ミルクだった。

氷の山を崩さぬよう、端からそおっとスプーンを入れるがすぐにほろっと頂上が傾いてしまう。机には落ちた氷の水たまりがポツ、ポツと。

白がだんだんとシロップの色に染まって、溶けかけた雪みたいな頼りない水浸しの氷がガラスのお皿の底にたまってきたらもうすぐお終い。

その頃にはたいてい、目の前にいる父と母のお皿は空っぽでわたしが食べ終わるのを待っているのだ。

10歳の夏のある日、オジカへ行くと担任の先生が氷を待つ列に並んでいた。

「田端先生!」

「お、おぅ。島尾も氷か~? そっか、そっか」

少し浮ついた返事をした先生の隣には、違う学年の担任をしている女の先生が立っていた。女の先生はわたしと目が合ってほんのちょっとだけ笑った。

わたしも上ずった声で思わず

「じゃ、じゃ、センセ、明日、サヨウナラ」

「そっか、氷じゃなかったか。そっか、そうだな。さようなら。気をつけて帰ってな」

イソイソと回れ右をしたわたしの背中に、女の先生の

「さようなら」

という声が追いかけてきた。

わたしは見てはいけないものを見た気分で、どう理解したら良いかわからなかった。

先生も、デートなんかするんだ。先生も、女の人を好きになったりするんだ……本当? 本当に?

2人とも眼鏡をかけているのもなんだか変な感じがした。眼鏡同士のデートなんて。眼鏡をした女の人もモテるんだ……なんて。

次の日、何事もなかったかのように接する先生に、わたしも冷やかしたり、追求することはなかったけれど、先生を「先生だけ」とは思わなくなった。学校の外に出れば、デートをしたり、ビールを飲んだり、漫画を読んだりするんだろう。それまでは、友だちさえいる事も想像できなかったのだけれど。

田端先生は、わたしたちの担任でなくなってすぐに結婚した。オジカで会ったあの眼鏡の先生と。そして、婿養子になって名字が変わり「田端先生」ではなくなってしまった。それを聞いたわたしはまた「なんだか変な感じ」がしたのだった。

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。