しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

12 ノノちゃん

上町にある青葉学園幼稚園に通っていました。一番右がわたし

幼稚園から小学校6年までずっとクラスメイトだった幼なじみリコちゃん。彼女の妹、ノノちゃんはわたしたちよりも4つ下の小さな女の子だ。いつもお姉さんの後ろをお下がりのサンダルでペタペタと追いかけまわし、その度にリコちゃんはノノちゃんの足をちょいとひっかけては転ばし、ひっかけては転ばし。コテンコテン転ぶノノちゃんは泣きもせず、「ひひ」と笑いながら立ち上がってまたトトトとお姉ちゃんを追いかける。

おままごとの仲間に入れなくても横でニコニコしていたし、ワガママを言ってみんなを困らせるような事もなかった。いつでもイタズラっぽい笑顔でチョロチョロくっついてくる猫……というよりフェレットみたいな、そんな子だった。

最近、散歩中のノノちゃんとよく出会うようになった。ノノちゃんが一緒に散歩しているのは、もうすぐ一歳になる赤ちゃん。150センチもない彼女がイマドキの大きなベビーカーを押す姿はなんだか危なかっしい。だって、初めて会った時、ノノちゃんは歩行器を押していたのだ。

「お、マホちゃーん。お元気?」

ニヤッと笑って小ぶりな手を振るノノちゃん。わたしとリコちゃんが乗り込んだ幼稚園バスを、お母さんに抱っこされて見送っていた時のバイバイを思い出した。

でも、大人のノノちゃんが話しだすと、頭の上に浮かんだ想い出の雲は一気に蹴散らされる。

「 大きくなったでしょ。面白いよ、子どもの成長って。最近ようやくつかまり立ちするようになったよ。それでね、この子、よく笑うの。大人の話わかってるみたい。ねー、ばぁばが好きなのよねー。あとね、この子……」

ノノちゃんは、急に大人になった。お母さんになってから、ではなくて、そのもうちょっと前に。高校生くらいまでは誰よりもあどけなくて、幼稚園生がそのままセーラー服を着ているようだったのに、他県の大学に入学し、一人暮らしをはじめてからというもの、里帰りの度大人びた仕草や表情で、わたしたちをヒヤヒヤさせた。家族ぐるみで食事会をすると、今まで聞いたことのない株の話や車の話なんかを出してきて。ノノちゃんは流暢に、悦にいってペラペラと話していたけど、そんな彼女の変化をみんな気づかないフリをしているようだった。特にノノちゃんのお父さんは、何がそうさせたのかなんて、考えたくもない、そんな感じだった。

実家に戻ってきたノノちゃんは、職場で知り合った男の人とすぐに結婚を決めた。結婚式をして、新居を構えて、子どもが産まれて……わたしたちはようやく大人のノノちゃんに慣れつつある。

つい先日、またノノちゃんを見かけた。小田急線の電車の中で。ベビーカーはなく、話しかけようかと近づいた時に隣に旦那さんがいる事に気づいた。ピッタリと腕を絡ませて、指と指をしっかり交差させて。こちらになど気づくはずもなく、旦那に顔を近づけて「ひひ」と笑うノノちゃん。

わたしは思わずクルッと回れ右して、別の車両に移ってしまった。

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。