西谷真理子「女子の強気」

第9回 林ナツミ(アーティスト)
本日の浮遊

文 西谷真理子(編集者・high fashion ONLINE チーフエディター)


『本日の浮遊』©林ナツミ, courtesy MEM

林ナツミさんのサイト「よわよわカメラウーマン日記」をのぞくと、『本日の浮遊』として、林さんが「浮遊」している写真が日記のようにアップされている。背景はいろいろ。野原や公園があれば、駅やビル街、踏切や自販機の前、家の中のこともある。これは、単なる写真好きの女性のスナップ公開ではなく、れっきとしたアート作品として林ナツミさんが制作しているものである。2010年の1月1日からサイトに掲載を始めたのだが、アート作品的な説明は全くなし、英語タイトル「Today’s Levitation」を添えて、アップしたところ、自然発生的に国内外からコメントが送られてくるようになり、多い時には一日のアクセス数が30,000にもなるほどの“事件”となった。北欧、オーストラリア、南米、アフリカ、アジアなど、海外からさまざまな言語のコメントが届いた。台湾のアート系出版社IDEAfriend Studioは、いち早くこの作品の新しさに着目して2011年の末に写真集を出し、それをもとに、日本でも青幻舎が2012年6月に『本日の浮遊』を刊行。同時期に、恵比寿のNADiff a/p/a/r/tの2Fにある現代美術ギャラリーの2Fにある写真ギャラリーMEMで写真展を開き、今や注目されるアーティストとなった。

こういった一連の流れは、これまでの写真、あるいは写真を使ったアート作品のデビューの仕方とまったく違う。有名写真家や写真評論家、ギャラリストなどの推薦をたのまず、いきなりネットにアップするという方法を考え、実行した人がこれまでいただろうか。

そして、タイトルの『浮遊』。跳躍ではない。実際には跳び上がった一瞬をシャッターがとらえるわけだが、林ナツミさんによると、ジャンプではなく浮いているように見えることに腐心するそうだ。力一杯跳んでも、その力がふっと抜けたように見えなければならない。最初はセルフタイマーで撮っていたが、望遠を使って雑踏で撮ったりしたくなり、写真の師匠である原久路さんにシャッターを押してもらうようにした。原さんの写真助手でもある林さんは、ロケに随行するときなど、自分の作品用の機材も用意し、いい場所を見つけると、頼んで「浮遊」に挑戦するのだ。それは、写真家というよりは、映画監督の仕事に近いようにみえる。構図を決め、自分が俳優として登場し、カメラマンに指示を出す。そのうち、衣装や照明の担当者も加わるかもしれない。

この不思議な『本日の浮遊』をアートとしてではなく受け止める人も少なくない。毎日サイトを訪れては、癒されたり、自身を重ねて励まされたりする人が数多く存在する。そうやって生まれるコミュニケーションの新しい形、これも林ナツミさんの作りあげたいものの一つである。いや、むしろアートとは本来そういうものだったのではないだろうか。というわけで、まだまだ浮遊の旅は続く。

『本日の浮遊』©林ナツミ, courtesy MEM

林ナツミ(はやし・なつみ)
1982年埼玉県生まれ。2005年立教大学文学部卒業。2007年立教大学大学院コミュニティ福祉学研究科博士課程前期課程修了。現在東京都に猫と在住。アーティスト原久路のアシスタントを務めている。2011年よりウェブサイト「よわよわカメラウーマン日記」にてセルフポートレートプロジェクト『本日の浮遊』の更新を続けている。作品集『本日の浮遊』(青幻舎)を2012年6月に刊行。2011年1月1日から3月31日までの作品が収録されている。http://yowayowacamera.com/