今月の特集

今月の「世田谷」
世田谷区地域風景資産、駒沢給水塔を訪ねる

文 小林英治  写真 橋本裕貴(*は駒沢給水塔風景資産保存会提供)

世田谷区が選定する地域風景資産のひとつ、「双子の給水塔が聳え立つ風景」。その風景の主役となるのが,今から8 9 年前、大正1 2 年に建てられた駒沢給水塔です。桜新町駅からほど近い住宅街の中に突如現れるコンクリートの巨大な塔の魅力とは?駒沢給水塔風景資産保存会( 愛称:コマQ )のメンバーの方々にお話をうかがいました。

渋谷に水を供給した給水塔

―― この給水塔は渋谷に水道水を送るために作られたということですが。

コマQ 当時は渋谷町(※1)といいましたが、明治の終わりから大正初期にかけて急激に人口が増加したために、水の確保が急務の課題だったんですね。そこで多摩川の伏流水を汲み上げて浄化し、ポンプでここまで運んで貯めて、渋谷方面に水道水を供給する計画ができました。

―― どうしてこの場所が選ばれたのでしょうか。当時の写真を見ると一面畑で驚くぐらい何もないですね。

コマQ 中継地であるこの地域で地質が頑丈だったのと、弦巻の丘が今の世田谷区でも2番目の標高だったからです。といっても渋谷と10mしか違わないのですが、給水塔を建てて水深を18mにすることで標高差が28mになり、自然流水で配水できたというわけです。昭和に入ってもっと人口が増えると拡張工事が行われ、配水池とポンプ所が増設されました。

大正1 3 年3月、竣工時の給水塔の威容*

――「 駒沢給水塔風景資産保存会」の発足は、世田谷区が風景資産の推薦を募集したことがきっかけだとうかがいました。

コマQ 1999年に「世田谷区風景づくり条例」が制定されて、区が地域風景資産を区民に呼びかけたのですが、推薦には地域コミュニティで賛同する団体が存在することが条件でした。そこで、保存会を作って保存会そのものが同調者であるということにすればよいだろう考えて、近隣の住民に呼びかけたところ、その日のうちに20人くらい集まりました。その全員が発起人となって2002年9月に「駒沢給水塔風景資産保存会」を発足し、その年の11月に選定された第1回地域風景資産の36件の中に、駒沢給水塔の風景が選ばれました(※2)。

閑静な住宅街から頭一つ飛び出した双塔*

国内最初期の鉄筋コンクリート建造物

―― それにしても大正時代の建物がよく残っていますね。

コマQ 大正12年(1923年)に完成しましたから今年で89歳です。2塔のうち、先に北側の2号が3月に、そのあと11月に南側の1号ができて、2塔がトラス橋で連結されました。その間の9月1日に関東大震災が起きましたが無傷でした。昭和20年の東京大空襲で損害はなかったようです。

―― それはすごい。去年の3.11の地震でも無事だったということですよね。

コマQ 震災後に改めて耐震検査をしましたが、震度7強でも大丈夫と言われています。この給水塔は日本でも最初期の鉄筋コンクリートの建造物で、基礎の杭も鉄筋が埋められています。当時としては最新の土木技術がつぎ込まれた建物だったんです。保存会を立ち上げていろいろと調べていくうちに分かったのですが、設計顧問だった中島鋭治博士は、東京の近代水道の基礎をつくりあげた偉人です。私たちは当初は風景資産と考えていましたが、今では,土木や建築、水道事業とさまざまな面から大変意義のある建物ということが言えると思います。

―― なるほど。素人目にもデザインがいいですよね。

コマQ コマQ 中島「博士」はヨーロッパへ留学や視察に訪れていますので、技術だけでなくデザインにも当時の最先端が採り入れられていると思います。単なる水の入れ物ならば茶筒みたいな形を作れば良かったのに、なんでこんなお洒落に造ったのか。私たちは物心ついた時は戦争でしたが、建設当時はまだ豊かだったんでしょうね。余裕がなければできませんし、昔の職人の「遊び心」が至る所に感じられます。重厚な建物と軽快な橋のコントラストも非常に良いですね。

―― 給水塔の上部には電球がついています。

完成した給水塔内部で撮られた写真。
左から4人目が中島鋭治博士*

コマQ 元々は特注の薄紫色のガラスの装飾球が、各塔に12個ずつ、トラス橋にも4個ついていて、竣工当時は毎晩点灯され、「丘の上の王冠」と呼ばれていたようです。それが割れたりしてそのまま放置されていたのですが、平成15年(2003年)の水道局による給水塔と記念碑の改修工事があった時、保存会が働きかけて、ポリカーボネート製の球を新しくつけ変えてもらいました。70年ぶりとなる夜間点灯も行なって以来、毎年さくらまつりの日(4月中旬)と水道週間(6月1~7日)、見学会のある都民の日(10月1日)の夕方から夜10時には東京都水道局の厚意により点灯されています。

復元された装飾球が点灯した様子*

保存から活用へ

―― それにしても今年の見学会の中止は残念でしたね!(水道局が管理する駒沢給水所の敷地に入れる年に一度の見学会が、今年は台風接近のため中止になった)。最近は一般公開の見学会とは別に、近隣の小学校への見学会も行っているとか。

コマQ はい。近年は、「保存から活用へ」ということを考えています。もちろん今後も保存されていくことが前提になるのですが、郷土の宝である給水塔が何のためにあるのかを、地域の子供たちに正しく伝えていきたいと思ってます。去年は子供向けにもパンフレットをつくり、水道局とも連携して、現在は近隣の3つの小学校の3、4年生を対象にした見学会を実施しています。去年の震災後に水の重要性が改めて注目されたこともあって、水道局としても積極的に協力してくれるようになりました。

―― ところで、現在も水は貯められているのでしょうか?

コマQ はい。平成11年(1999年)に日常の水道水を送る役割は終えましたが、現在もこの給水塔と同じ年にできた砧下浄水場で汲み上げた水、約3,000トンを3日間かけて入れ替えながら貯水され、災害時に飲料水を供給する重要な給水拠点になっています。煙突でもなければ廃墟でもないと、その意義を伝えていきたいですね。

中世ヨーロッパのお城のような佇まい*

※1 東京府豊多摩郡渋谷町。現在の山の手線の恵比寿駅から原宿駅にかけての一帯で、南端が広尾、北端が明治神宮。1932年に東京市に編入されて消滅。渋谷区の一部となった。
※2 世田谷区では現在、第3回地域風景資産の推薦募集を行っています。推薦受付期間は12月7日まで。詳しくは世田谷区のHPや区の施設で配布の「推薦の手引き」をご覧ください。

トリビア① 大正ロマン薫る装飾球 

現在、弦巻区民センターに常設展示されている、竣工当時に設置されていた給水塔頭頂部の「王冠」を飾る装飾球。ガラス製で直径53cm、厚さ2mmという特注品で、100Wの白色電球をつけると、パール色に輝く。ちなみに現在新たに設置されているものはポリカーボネート製で、点灯色が異なる。

トリビア② 給水塔は悪魔の城?
・江戸川乱歩は、1936年に『少年倶楽部』で連載を開始した小説・怪人二十面相/少年探偵団シリーズの舞台として、世田谷の玉電(東急電鉄玉川線)沿線を選び、駒沢給水塔はそのアジトのモデルになったと言われている。
・「仮面ライダーX」の劇場版『五人ライダー対キングダーク』(1974年)では、駒沢給水所が、最終決戦の舞台となったGODのアジト「奇岩城」として撮影された。給水所敷地内だけでなく、給水塔の頭頂部やトラス橋にもライダーや怪人たちが登って撮影に使用されている。

駒沢給水塔風景資産保存会( コマQ )

お話をうかがったコマQメンバー、左から新庄さん、久野さん、黒田さん。
後ろに駒沢給水所の敷地が見える。

風景づくり活動を行う地域のまちづくりボランティア団体
設立:2002年 会員数:約350名(会費制)
主な活動:・近代建築遺産、産業遺産としての調査研究
・駒沢給水所を主に、各種見学会の実施
・講演会やセミナーの開催
・地元を中心とした様々なイベントへの参加
・駒沢給水所や給水塔の存在を知ってもらうためのPR
・会報「双塔」を年4回、会誌「そうとう」を年1回発行
http://setagaya.kir.jp/koma-q/


年1回発行の会誌「そうとう」