しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

13 植木屋の田中さん

うちの庭が整っているのは昔から田中さんのおかげ

10月を過ぎて、裏庭で育てていたゴーヤの葉っぱが所々黄色や茶色に枯れてきた。少し前の台風でネットや支柱は前のめりに倒れ、ツタはもう絡まり放題。
我が家のゴーヤは、いつも植木屋の田中さんが苗の準備から地植えまでをしてくれる。わたしたちは夏の間水をあげるだけ。毎年、驚くくらい大きくてたくさんのゴーヤが生っていた。

しかし、今年は例年に比べて実のつきが悪かった。苗を植えた時期も遅く、支柱とネットの縺れを取らないまま建ててしまったから。

苗のお願いは、春にしていたのに、梅雨の地植えの時期になっても田中さんから連絡がこなかった。おかしいねぇ、もう植えないと夏に間に合わないんじゃない。忙しいのかしら。そう母と話しつつ、急かすのも悪いね、と特にこちらから電話をすることはしなかった。

田中さんは、祖父母がまだ健在だった40年以上前から我が家に出入りをしている。

半年に一度、青いトラックに奥さんと2人トコトコとやってきて、黙々と植木を剪定し、葉っぱを綺麗に掃いて帰っていくのだ。

ギシギシ、ザッザッザッ。

「おーい、それ取って。ばかァ違うよ、そこの横にあるヤツだよぉ」

その日の朝はいつも、田中さん達のたてる音で目を覚ますのだ。初夏に屋根を登って梅の実を取る音、冬の終わりに大量の枯葉とほうきが地面を擦る音。遅く起きたわたしは寝巻きのまま窓の隙間から2人の作業する姿を覗いて、季節の変わり目を確認するのだった。

6月の下旬になって、ようやく田中さんから連絡がきた。

「まほちゃんゴメンねぇ。ゴーヤ、すっかり遅くなっちゃって。庭もやらなきゃいけないんだろうけど……。……娘がね、先月亡くなって」

わたしはあまりに驚いて、声もうまく出せなかった。去年から具合を悪くしていた娘さんが、亡くなってしまったそうなのだ。

残念ですね、ご愁傷様です…? 何を言っていいかわからないでいると、

「とりあえず、約束だからゴーヤだけ明日植えに行くよ」

と。話す間もなく電話は切られてしまった。

次の日、田中さんは親戚の男性が運転する白い乗用車でやってきた。奥さんは、いない。

「苗、ずっとうちにあったから結構育っちゃったよ」

田中さんは力ない笑顔を浮かべた。

道具もなく、手でザックリ土を掘って、苗をポンと放り込み、埋めておしまい。

支柱もネットも去年絡んだままのものを壁に立てかけて、

「後はやっておいてね」

と言って帰ってしまった。

娘さんのこともショックだったけれど、魂が抜けたような田中さんの姿にわたしと家族はさらに悲しい気持ちになった。

支柱とネットを少し直してみたけれど、いつも田中さんんがやってくれていたようにはいかなくて、こんがらがったままゴーヤは育ってしまった。

つい最近、田中さんが家にやってきた。

「もう庭を綺麗にしないとね」

半年ぶりに庭に入った田中さんは、のび放題だった植木を丁寧にどんどん刈って、奥さんがほうきで集めた葉っぱで大きな山が3つもできた。

「こんなにするまでサボっちゃったんだ……」

まだ元気の無い田中さんだけれど、仕事をする気力は出てきてくれて本当に、よかった。家の周りはスッキリして新しい季節を迎える用意ができた。

田中さんも、いつかそんな気分になれるといいけれど。

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。