しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

15 年末年始

いつかの大雪の日、家の前で

年の瀬になると、子どもの頃に感じていた世の中の空気が少しだけ街に戻ってくるような気がする。

駅で机を並べて郵便はがきを売る人を見たり、社会鍋のラッパの音を聴いたり。通りを行く人たちもどこか足早で、なんてことない用事で出て来たわたしもつられて忙しそうにタッタッタッと歩を早めてしまう。

皆が来ている黒やグレーのコートは街に漂う時代感をさらにすっぽりと隠しているが、その目線の先には携帯の画面、顔には大きな使い捨てのマスク。ビルに貼り付いた「H&M」の看板、手袋の手がぶら下げているのは「ビックロ」。よく見れば、間違い探しのように“今”が潜んでいる。この景色もいつか懐かしくなるのだろう。それでもまだ、ガンコに社会鍋のラッパが聴こえていてほしい。寒空の下、「社会鍋」のたすきをかけて鍋の横に立つ人の前を、わたしは無責任にそう思っていつも通るのだ。

年始には、はま矢を持った人たち。大きな買い物袋と「迎春」の文字、特に小田急参宮橋駅にかかる紅白の垂れ幕を電車から眺めるのが好きだ。あれがかかっているのを見るために正月にする友人との約束は新宿でと決めている。高校1年生のお正月、同級生のトンちゃんと新宿ルミネの初売りに行った。待ち合わせした豪徳寺駅のホームで、トンちゃんとお互いの財布の中身を確認した。ふたりともピッタリ2万円。

「ちょっと持って来すぎたかな」

お年玉の大半を持ち出した罪悪感と初売りに押し寄せた買い物客の香水の匂いですっかり物欲を削がれたわたしたちは、「つばめグリル」でお腹を満たすことだけを果たして、家に帰ったのだった。

特別だったはずの年末年始も、歳を追うごとにいつもと変わらぬ月の終わりと始まりになりつつある。世間の雰囲気をなんとなくお裾分けしてもらっている程度で、日常に学校も会社もないわたしは少しだけはぐれ者の気分だ。

道ばたで偶然会った同級生は、子どものクリスマスプレゼントを買いに行くところだった。お年玉もあるしこれから大変だ、と買い物リスト片手に駅へと走っていった。生活の中で、存在感が薄れている年中行事も、家族を持てばまた自分の元に戻ってくるものなのかもしれない。

一緒に初売りに行ったトンちゃんにも子どもが2人いる。きっと彼女も、今頃家族と過ごす年末年始の準備に奔走していることだろう。

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。