しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

16 初めての制服

制服を着た中学生のわたし

豪徳寺の駅からすぐのところにあったパン屋が閉店してしまった。駅を降りて、そこでドーナッツやデニッシュのおやつを買い、家に帰ってからキッチンでこっそり夕食前の小腹を満たすのが好きだったのに。大好きな菓子パンの味は「豪徳寺に帰ってきた」っていう味だった。家までの帰り道、他にパン屋はない。わざわざ遠回りしてパンを買いに行かなければならなくなった。

帰り道と反対の方向に、1年くらい前に開店したおしゃれなパン屋がある。できてすぐ人気が出て、今ではお昼をすぎると半分以上パンが消えてしまう。そのガランとしたパンの棚を見る度、だらしのない生活をしている報いを受けているような気がしてほんの少し気が滅入る。しかし、扉を開けたからには何か買わないと、という気持ちで少ない種類の中からバケットやお惣菜パン、クッキーなどをかき集めて持ち帰るのだ。

この店で食パンを買えたことは、まだない。

パン屋の大きな窓から、遊歩道を挟んだ向かいに洋品店が見える。「紳士服 作業着 学生服」と書かれている陽に焼けた淡い青い軒先。わたしはここで母と中学校の制服を買った。小学6年生のちょうど今くらいの時期だった。仮縫いをした制服を着た瞬間もう小学生ではなくなるという契約を結んだようで、なんだか泣きたくなった。中身よりも先に“中学生”というカタチに無理矢理納められた気がして。

肩、胸、脇、採寸するおじさんの手が触れるたび、身体が緊張して固くなった。いやだなあ、この妙な感じ。早く終わらないかなあ。そう思って母の顔を見ると、もう退屈そうに外を眺めている。初めは「制服を着ると大人っぽくなるもんね」なんて嬉しそうだったのに。きっと夕食のことを考えているんだろう。

制服、学生カバン、サブバック、体育着、ジャージ……全部揃えると2万円以上。

「けっこうするのねえ」

わたしは中学生になんてなりたくないのに。申し訳ない気持ちと、わたしのせいじゃないって気持ちと。

パン屋から洋品店を眺めると、そんな20年前の母とわたしが制服を抱えて出てくる景色が見えるような気がするのだ。

ちなみに、パン屋の店員さんは2人、お揃いのボーダーシャツを着ていたのだった。

しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。