しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

18 わたしの中のクラスメイト


毎日、誰かのことを考えている

 
 
先月書いた何本かの文章のうち、2つに身近な人の死に触れた。ひとつは幼稚園のころおともだちの兄弟が亡くなって初めて「子どもも死ぬんだ」とショックを受けた日のこと。もうひとつは高校生のころに噂で知った中学のクラスメイトの死について。どちらも悲しいという感情と、実感がないという気持ちが綯い交ぜで、ちっとも整理がつかなかった。そして、それは今も変わらずモヤモヤしたまま、そんなようなことを書いた。

中学の同級生については締め切りをとうに過ぎてから書き上がった。

「早くあげねば」

焦燥感と友だちの死を思う心は矛盾した。もういない人を、彼の知らぬところで書いてしまっていいのか、そう思いながらも締め切りという壁はピッタリと背中にくっついている。定まらない気持ちと、現実との間を何度も何度も行き来して、お話はぼんやりとした結論のない結論に着地した。

彼のことを書こうと思ったのは、駅へ行く道すがらたまに彼の家の近くを通るからだ。窓辺に花が飾られていたり、車が駐車場に停められていたり、なかったり。雪の日には綺麗に雪かきがしてあったり。今も日常を刻む家を見る度に彼のことを思い出し、生きている自分を意識させられていた。もういないクラスメイトが、そんな風にわたしの中に存在しているのだ。それを、誰かに知らせたかった。

明け方、なんとかギリギリに原稿をメールすると「タイトルと欄外の近況もお願いします」の返信で現実に引き戻された。結局、これは仕事なんだ。なるべく、感傷的でないタイトルをつけて、近況もなんてことないものを用意して、返した。編集者と実務的なやりとりをしたら、今度はさっきまでセンチメンタルだった自分が少し恥ずかしくなった。編集者はどう読んだだろう。他の人はどう解釈するのだろう。どうやっても、動いてしまうザワザワとした気持ちと一緒に過ごすことになった。

その日の午後、用事を済ませた帰りの小田急線で携帯に大学の同級生が急逝したとの知らせが届いた。突発的に発病し、突然亡くなってしまったという。

わたしは、どうしようもない気持ちになって、家までの道のりにいろんな友だちへ電話をしてしまった。

亡くなった、あのコの家の近くを通ったけれど彼のことは思い出さなかった。

とにかく、ずっと自分が悪いことをしているような気がして仕方がなかった。

そして、きっとまたこのことを書いてしまうだろうと思うと、自分のことが嫌になった。
 
 
しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。