今月の特集

今月の「世田谷」
しまおまほさんと巡る 世田谷の暗渠

取材・文:小林英治 写真:小田雄太

暗渠(あんきょ)という言葉を聞いたことありますか? それは蓋をされた河川や地中に埋没した水路など、かつて流れていた川の痕跡のこと。世田谷区に多い緑道も、暗渠になった地表の空間を整備したものですが、街を歩いていると、車の入れない路地や蛇行した遊歩道など、他にも様々な暗渠のサインが見つけられます。川や水路や巡っていた街の姿を想像しながら、世田谷の川探検隊・福田伸之さんを指南役に、しまおまほさんが愛犬マクを連れて暗渠巡りの散歩に出かけました。

【A:スタート地点】今回探索したのは羽根木公園の北側エリア。羽根木公園はしまおさんも子どもの頃から馴染みのある場所で、一緒に来たマクも大喜び。

※MAPと照らし合わせながら、お読みください。


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【B】不意に現れた車止め。車止めは重要な暗渠のサインです。その先に続く細い路地を辿っていく。

 


【C】暗渠部分が川だった頃の名残をとどめる左側の古い石垣。福田さん(左)による暗渠巡りのレクチャーに耳を傾けるしまおさん。

 


【D】フェンスの向こうに川へ降りる石の階段が残っていた。かつて川が生活に密接に結びついていた時代に思いを馳せる。

 


【E】手前の道路から車庫へ架かっていた橋の跡。のちにすべて暗渠になって歩道となったと思われる。

 


【F】辿ってきた暗渠の先は行き止まりになって井の頭線とぶつかるが、暗渠は線路の下へ続いていた。右側の石垣はかつての川底のあった地中にまで続いているはずだ。

 


【G】迂回して線路を渡り、先ほどの暗渠の続きを発見。その先の路地=暗渠へと続いていく。

 


【H】暗渠が一般道とぶつかる先に現れた子育て地蔵尊。享保の飢饉の際、古老の夢に出た地蔵菩薩の「わたしを石橋のほとりに祀りなさい」というお告げに従ったところ、飢饉は解消したと伝えられている。江戸時代には石橋がかかる川がこの付近にあったのだろうか?

 


【I】地蔵尊の先、この支流の水源エリアと福田さんが推測する、羽根木二丁目公園内の窪地(かつては池だった?)。しまおさんもマクと一緒にしばし休憩タイム。

 


【J】別の支流を探しに西へ移動。住宅地の中でもその地形の「谷」を目指せば川(暗渠)に遭遇する。「いつもの散歩道が違って見えてくる」と、すっかり暗渠巡りの楽しさに目覚めたしまおさん。

 


【K】用水路に蓋をした分かりやすい暗渠。蓋が抜けないように入り口には車止めのサインが。

 


【L】住居の裏の暗渠は生活道路として使用されていることが多い。「暗渠を通して人の生活が感じられるところが面白いですね」としまおさん。

 


【M】この暗渠も線路をくぐってその先へと続いていた(黄色いペンキが塗られている部分の下が川)。

 


【N-1】線路をくぐって井の頭線沿いを伝った小さな流れは、再び蓋掛け暗渠となって現れるが……、


【N-2】アスファルトで舗装された道路に飲み込まれるように、忽然とその姿を消すのだった。この先はどこへ続いているのか(いないのか?)福田さんもまだ解明できていないという。

 


【O】東松原駅がこの日のゴール地点。ちょうど雨が降ってきました。

 


【P:おまけ】東松原駅付近にある名もなき橋。両脇は暗渠になっているが、隙間から下を覗くとしっかりと水が流れている。

 

水の痕跡に刻まれたさまざまな時代の記憶
世田谷の川探検隊・福田伸之
 
「暗渠」というのはふつうあまり馴染みがない言葉かもしれませんが、地中に管を埋めたり、上に蓋をしたりして、表面上は見えなくなった川や水路のこと。じつは世田谷には大小さまざまな暗渠があって、中には江戸時代につくられた用水のあとが残っていたりします。そしてそれらは緑道になっていたり、ひっそりした生活道路になっていたりします。

下水道や水道道路ももちろん暗渠ですが、私が愛してやまないのは、“もともと古くから水が流れていたトコロ”というのがポイントです。道端に橋の欄干が残っていたり、いかにも川辺に生えていそうな植物が茂っていたり。

日常見慣れた街をちょっと外れるだけで、まるで別世界のような空間がひろがっていることも(そこにもそれぞれ人が暮らしているんですけどね)。

世田谷という土地には、古墳があるかと思うと分譲住宅発祥の地があるといった具合に、さまざまな時代の記憶が何層ものレイヤーになって刻まれています。そして人が暮らしてきた場所には必ずさまざまな“水”の痕跡が残っているのです。古地図や地形図を持って街を歩く、というのが最近ちょっとした流行になっていますが、まずはそんな資料やネットの情報に頼らず、たとえば近所のよく知らない場所を歩いてみることをお勧めします。そのあとで“答え合わせ”をしてみると、きっといろんなものが見えてきますよ。


残念ながら今回行けなかった場所。東松原にあるスポーツクラブの中を流れている川。

福田伸之(ふくだ・のぶゆき)
1961年生まれ。本業はマスコミ関係。副業は「夜アルキ」。今まで歩いた距離は2008年6月時点で3,000キロ超。その後はカウントしていない。
世田谷とその周辺各区の暗渠の執筆で参加した共著『地形を楽しむ 東京「暗渠」散歩』(本田創・編著/洋泉社)も好評発売中。
世田谷の川探検隊ウェブサイトhttp://tanken.life.coocan.jp