しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

19 友だちの失恋


男の人にはよく「女って友だちのくせに悪口言うんだよな」と言われる

 
 
友だちが失恋をした。

入籍の日取りまで決まっていたのに、直前になって彼の心変わりで解消されてしまったというのだ。

いつものメンバーと待ち合わせたカフェ。遅れて現れた彼女はすっかり痩せていて、テーブルの上の冷めたドライカレーに涙を落としわたしたちへ報告をした。どんな言葉をかけても彼女には響かない。最初はあんなに優しかったのに、別れ話の最中に携帯を見ているなんて、と、思い浮かんだことだけをポロポロと口からこぼすのだった。会話は、あまり成り立たなかった。

実は、以前から女友だちの間で彼女の婚約者についてたびたび議論になっていた。

あれはマザコンだ、ナルシストだ、こちらが手のひらで転がせばいいんだ、彼女にも問題があるんじゃないか……。

彼女がいないところでこっそりと、でも賑やかに交わされていた議論は、結局いつも同じ結論に行き着く。

「独身のわたしたちが人のことをとやかく言ってもムナシイだけ」

そう言いながら解散して、次に集合すればまた新しく仕入れた情報をネタにワイワイと盛り上がっていた。友だちを心配する反面、この話題になるとみんな生き生きとやりあった。でも、まさか本当にダメになってしまうなんて。

カフェで彼女の話を聞きながら、わたしたちはジワジワと気持ちを蝕む呵責に耐えた。

帰りの電車では誰もが無口だった。無限に湧いたはずの悪口もすっかり枯れて、皆しゅんとしていた。

数ヶ月後。同居していた彼が家を出て行き、初めての一人暮らしを始めた彼女の家に皆で集まった。

真っ白い壁に飾られたハートのオーナメント、存在感のある大きなテレビ、新しい棚。どこもキチンと物が整列している。美術学校でクラスメイトだった頃、彼女の道具箱がいつも綺麗だったことを思い出した。わたしの箱は筆も道具も絵の具も全部放り入れたままのぐちゃぐちゃ。

あの頃はまだ恋愛なんて気恥ずかしくて話にもでなかった。それよりも昨日観たテレビや新しいお店、受験の話であっという間に1日が暮れていた。

「ハイ、これ今のオススメ」

彼女が引き出しからお菓子を取り出した。

「美味しいよ、新発売」

学生時代からお菓子の博士なのも変わらない。新しい棚の一番大きな引き出しにはお気に入りの商品が常備されているらしい。

「一人暮らしはこういうところがいいね」

ポテトチップス、サラダせんべい、チョコレート。彼女はささやかな楽しみのつまった引き出しをパフッと閉じた。

そういえば、と彼女が続けた。

「最近かっこいいなって思う芸人さんがいるんだけど」

仕事以外の時間はお菓子を食べながらテレビばかり観ているらしい。名前を聞いても誰もわからず、ネットで検索してみると、借金の額と女性問題をネタにしているという若手芸人だった。ついでに画像検索で出てきたのは、出ていった婚約者に似ている若者だった。

彼女は照れくさそうにしながら

「ねえ、いいでしょ?」

と言った。わたしはチラッと友だちを見ると、その子もわたしに目配せをした。

終電間際に彼女の家から出た後。すぐに口を開いたわたしたち。

「結局ダメ男が好きなんだ!」

すっかり冷めていたはずの議論が再燃し、帰り道はちっとも退屈しなかった。

 
 
しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。