しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

20 初めての日

高校生の時に、いきがって読んだ「トパーズ」。なんでこんな写真が残っているのか。

 
 
わたしが滝波元気くんの名前を忘れられないのは、彼が転校して来た中学2年生の初夏、課外授業で彼のまくったTシャツからワッサとはみ出る脇毛を見たからだ。

異性の、脇毛を生で見たのは初めてだった。緑が輝く芝生の上を、ワイワイと歩く体育着の集団。ひときわ背の高い元気くんが気持ち良さそうに伸びをした時、それは見えた。まだ校庭で追いかけっこをしているような幼い同級生ばかりの中で、突然やってきた転校生から受けた洗礼は強烈な思い出としてわたしの中に残った。

同世代の友人、深田くんと夜ご飯を食べている時、どういう訳か話題が思春期の思い出におよんだので、わたしはそんな話をしたのだ。他の同級生はお互いに成長する様を見ているので、声変わりしても身長が伸びてもさほど違和感はなかったが、元気くんは身体がほぼ大人になってから転校してきたから、なんだか怖かった。体育着の半ズボンも、給食係の割烹着も似合わない。まだ子どもの気分に甘んじていたわたしたちは喝を入れられたような気分だった。

深田くんはそれを聞いて「ああ、わかる」とつぶやき、こんな話をしてくれた。

彼が忘れられないのは、初めて自分に”毛”が生えた日。

中学生の夏休み、テレビで『プロジェクトA』を観終わった深田くんが風呂場でズボンを脱ぐと昨日までなかったそこに“毛”が、何本も生えていた。それが自分のものだとは信じられず、ショックでクラクラしながらお風呂をすませると、居間にいた家族が風呂上がりの彼に冷たいサイダーを出してくれたそうだ。しかし、先ほど目撃してしまった”毛”が頭から離れず大好きなサイダーはちっとも味がしなかったという。

わたしは、元気くんに少し申し訳ない気持ちになった。もしかしたら、元気くんも深田くんのように初めてそれに気づいた日は悩んだかもしれない。勝手に大人になった身体を珍しそうにジロジロと見られて、イヤだったかもしれない。

「その夏はそれだけじゃなかったんだよ」

深田くんはそのまま続けた。”毛”の発見からしばらくしたある夜。家へ帰ると、居間で両親と姉が集まってなにやらワイワイと騒いでいた。なにかと近づいてみれば、自室に隠しておいたはずのポルノ雑誌用の缶が机の真ん中に置かれていたのだ。深田くんは全身の血の気が最後の一滴までひくのを感じた。悪い事に、後ずさりで居間を出る時、姉と目が合ってしまった。もうお終いだ、そう思った深田少年は駆け込んだ自室で長いタオルを首に巻き左右へ思いっきり引っ張った。自殺をはかったのだ。ギュウーッと出来る限りの力を込めて引っ張ったが、苦しくて、涙が出て、死ねなくて、地の底まで落ちるようにその場に倒れ込んだ。

「死にたい……死ねない……」

すると、庭から自分を呼ぶ声がした。

「ジュン!こっちおいで!」

姉だった。

2階の窓から見下ろした庭先では、暗闇でパチパチと赤や緑の光が弾けている。家族が花火をしていたのだ。

「ジュン!みんなで花火しよ!」

「……それで、家族で花火して、雑誌のことはそれっきり」

深田くんはちょっと不思議そうな顔をして話した。その時家族がなんで花火を始めたのか、今もまだピンときていないらしい。深田くんは、ちょっと鈍い男なのだ。

深田くんのポルノ雑誌が見つかった夜の花火ほど、綺麗な花火はないだろう。

 

 
 
しまおまほ(島尾・真帆)
1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。