しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

3 プール

生まれて初めて、名前を間違えられた時のショックを今でもよく憶えている。4歳の時。上町にある青葉学園幼稚園に入園したばかりのころだった。改装したてでピカピカの園内。中でも当時は珍しい室内プールが幼稚園の自慢。
「おうちのなかなのにプールでおよげるの!?」
授業後に行われるプール教室には希望者が殺到し、わたしもそのうちの1人だった。
初めての教室の日、真っ青なタイルの上をペタペタと歩いて、黄色い水泳帽の幼稚園児たちは先生の前に列を作った。プール教室の先生は近くの体育大学から来たムキムキのマッチョマンだ。普段、若くて綺麗な女の先生としか接していないわたしたちに緊張が走った。
「じゃあ、名前を呼ぶから元気よく返事すること!いいね!」
広いプール場に太い声が響く。室内には生温い空気が流れていて、常夏の暑さというわたしのイメージとは少し違った。そしてなにより、あのプール独特の匂いが籠っていて、強く鼻をさした。
「次は……トリオ! トリオ!……トリオ、いないのか?」
点呼が途中で途切れた。
「トリオ! いるはずだぞぉ!!!!」
みんながキョロキョロして、ざわつき始める。その雰囲気に不安になった。すると、
「ああ、間違えた! シマオ! シマオだ!」
先生は、よりいっそう大きな声で訂正した。わたしはビクッとしたまま身体が強ばってしまった。
「男の子?……女の子だな。“鳥尾”じゃなくて“島尾”か。返事は?」
「……ハイ」
“とり”と“しま”という漢字が似ていることは後から知った。それよりも、自分が今まで聞いたことのない、まったく違う名前で呼ばれた事に狼狽した。わたしは“島尾真帆”以外の何者でもないと思っていたのに、知らない人にとってはどんな名前でも通用してしまう。なんだかとても恐ろしい事に感じたのだった。
その日の授業は、初めてのプールに緊張したのかプールの中で“もどした”女の子が出てしまい、途中で中止になった。さっきわたしの名前を間違えた先生が、急いで大きな網を持って水面を掬う姿をタオルにくるまりながら眺めた。
そんな事も相まって、その次の授業に出ただけでプール教室を止めてしまった。はっきり言って、プールが大嫌いになった。
意外にガンコなわたしは、大きくなっても水泳の授業を敵対視し、高校受験の際は、プールを取り壊すということが受験校を選んだ決め手になったのだった。

しまおまほ(島尾・真帆) 1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。