しまおまほ「マイ・リトル・世田谷」

2 豪徳寺

5年前に犬を飼い始めて、毎日散歩へ出るようになってから、近くに住む人たちの生活を自然と知るようになった。家から聞こえる子どもの声や、玄関の前に停まるデイサービスのバン、公園に集うママたちのコミュニティ。こんなにも多様な生活が自分のすぐ近くでずっと昔から営まれているなんて。そして、自分もその一部だなんて。そんな当然のことに、毎日感慨を深めている。横にいる犬は電信柱や壁の足下を嗅ぎ回ることに夢中で飼い主の動く心にはまったくの無関心だ。

散歩の途中、挨拶するようになった御婦人から、ここら辺は豪徳寺のお寺さんが持つ土地が多いので高い建物が建ったりしないのよ、と聞いた。お寺さんの土地にアパートを建てる場合は大家さんの家を隣接させるという条件もあるらしく、新しい人たちが一気に流れ込んで来ることがないのだという。

たしかにわたしが住んでいる30年間、駅周辺は高架工事で変化があったものの、お寺の周辺はさほど景色に変わりはない。ただ、昔と大きく変わった事もある。それは「観光客」という人たちがこんな小さな街にも訪れるようになったことだ。

休日になると、豪徳寺はにわかに活気を帯びる。特に桜と紅葉の季節には足音と話し声がそこらに響き、普段はシンとしているお寺の周辺に「人混み」の音がして、とても不思議だ。昔は桜も紅葉も近所の人たちが気まぐれで楽しむ程度だった。わたしも幼稚園の頃に、両親と幼なじみのカヨちゃんと4人で生まれて初めての「お花見」を豪徳寺でやった。その時も周りに人は誰もいなくて、広いお寺の中、ポツンとわたしたちだけがピンクの景色の中お弁当を広げていたのだった。

そんなお寺が今は、スケッチをとる人、歴史探訪する人、写真を撮る夫婦で賑わっている。そのうち屋台でも出るのではないかと思うくらい。すでに「ゆるキャラ」は存在する。商店街に「たまにゃん」という豪徳寺の招き猫を模した「ゆるキャラ」の名に違わない、ゆる~いヤツが。

犬を連れているのはここの住人の証拠で、よく道を聞かれる。その度に、建物や自然は同じでも、土地が変化することはあるのだなあ、と思う。

そういえば、ここら辺は夜も少し変わったのだ。誰もが寝静まる真夜中になると、猫でもない犬でもない茶色いモコモコした動物の親子が連れ立ってお寺のほうへ一目散に駆けて行くのだ。去年から何度か見るようになった光景だ。

しまおまほ(島尾・真帆) 1978年生まれ、豪徳寺在住。多摩美術大学芸術学部卒業。ファッション誌やカルチャー誌にマンガやエッセイを発表。著書に『まほちゃんの家』『ガールフレンド』など。両親はカメラマン、祖父母は作家の島尾敏雄・島尾ミホ。