世田谷ものづくり学校

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せたがや、はたらきかた。 | 世田谷ハツメイカー研究所

マニュアルのないプログラミング教室「世田谷ハツメイカー研究所」が考える、これからのSTEM教育の行方【後編】

マガジン「せたがや、はたらきかた。」は、これからの時代のやわらかい「はたらきかた」を、ものづくり学校 事務局スタッフが世田谷地域をフィールドワークしながら探していくインタビュー連載です。

 

取材・文:石塚和人(IID 事務局)

前編ではIID 世田谷ものづくり学校の2階でロボットプロブラミング教室を運営する世田谷ハツメイカー研究所代表の久木田さんに、プログラミング教育に携わるきっかけを伺いました。
後編では、ハツメイカー研究所の特徴や、今後の展開について話を聞いていきます。

テキストも答えもないロボットプログラミング教室

久木田さん:そしてアート思考でもデザイン思考でも大切なのは、論理的に物事を考えて効率的に作るという、いわゆるロジカル思考。そしてプログラムをコーディングすることだけではなく、オブジェクトにアプローチする事と捉えているのが世田谷ハツメイカー研究所の特徴です。

ハツメイカー研究所はマニュアルがあって、こう教えてください、という場所ではありません。子供達はそれぞれ思考特性が違うので、それを見つけるのが私たちの役割です。それが世田谷ハツメイカー研究所の魅力だと思っています。
世田谷ハツメイカー研究所代表の久木田さん(ハツメイカー研究所教室内)

石塚:なるほど。

久木田さん:もう少し専門的なことを言うと、よく「プログラミング的思考」と言ってはいるけれど、文科省が勝手につけた名前なのですよね。NHKでは「テキシコー」っていう番組があります。


石塚:「テキ」ってあの「~的」っていうことですか?

久木田さん:この番組はプログラミングの考え方である「分解、組み合せ、一般化、抽象化、シミュレーション」を元に、子供でも面白いと感じる映像を作っています。これを観ても「プログラミングが何か」はわかりづらいけれど、番組として面白いのです。
それでも、イメージができればよいと思いました。そしたら結局これは「オブジェクト指向」だなと思ったわけです。

石塚:オブジェクト指向ってよく聞くんですが、つまりどういうことでしょうか?

久木田さん:全てを「モノ」として捉えるのがオブジェクト指向の考え方です。そしてモノには必ず「プロパティ」と「メソッド」がある。「プロパティ」というのは、重さだったり大きさだったり、色だったりとオブジェクト自体が持っている属性情報がプロパティ。メソッドは役割なので、いわゆる電話をかけるとか、写真を撮るという機能。それらが必ずモノにはある。そのモノ同士がメッセージによって連携して大きな仕組みができています。
今使われてるJavaやJavascript、Pythonなどの言語も全てオブジェクト指向ですが、それを子供達に教えるのは難しい。ただその考え方を、教える側が意識して話をすれば、自然に身に付くのではないかと思っています。そこがハツメイカー研究所の特徴です。

石塚:話を聞いてると、他のプログラミングスクールとはちょっと毛色が違うように思えますね。

久木田さん:ハツメイカー研究所の先生にはマニュアルはありません。教える側は子供と一緒にそれを解決するために向き合う、それが大事です。
例えば私は専門学校で教えていますけど、とてもハイレベルなことができる生徒もいます。時々難しくて理解できないこともあります。そこで私は何をするかというと、その子がどう考えたのか話を聞くのです。「そう考えたんだね。じゃあここの変数って何だろう。この係数なんなの?」と細かく話してもらう。そしたら「じゃあここをこうすればいいんじゃない」とアドバイスする。プログラマーのバグ発見手法に「告白デバック」というのがあるのですが、それと同じです。

石塚:「告白デバック」って?

久木田さん:自分のプログラミングを言葉にして説明すると、自ずと自分のミスに気づく、というデバッグ *1 の仕方です。他人に対して言葉にして話をすることで「そうか、ここがおかしかったんだ」と自己解決することができます。
*1 デバッグ…コンピュータのプログラムの誤り(=バグ)を見つけ、手直しをすること。

石塚:それはプログラミング業界では一般的?

久木田さん:多くの会社でどうしてるかはわからないですが、一般的だと思います。専門学校の生徒でテトリスみたいなゲームを作り始めた子がいました。詳細な作り方は私は知りません。でも話を聞くことはできるので、オブジェクト指向の考え方に沿って訊ねます。「このオブジェクトは何をしてるの?」「これとこれって一緒にやっちゃっていいの?」分解して考えていくように促します。オブジェクトの役割を聞いてどのように連携しているかは、プログラマーでなくても論理的に考えれば理解できると思います。
すると「そうか、これは一緒にやっちゃダメか」と、話してる中で答えが出てきます。先生の役割としてそれだけで充分だと思っています。
そのような先生をどう育てるのか、そこにはマニュアルがありません。マニュアルと答えがあった方が楽だし、ビジネス的にも効率が良いかもしれません。でもそうではなく、オブジェクト指向がどういうものかを理解して話ができる人を育てたい、それをいつも考えています。

石塚:そこを解決できたら、これからのプログラミング教育が変わりそう。ちなみにマニュアルやテキストのようなものは世田谷ハツメイカー研究所にはない?

久木田さん:基本はありません。でもそれではビジネスにならないので、提携している企業向けには教材をつくっています。

石塚:もしこれから義務教育の先生がプログラミング教育の指導をしていくとしたら、オブジェクト指向を理解していて、あと告白デバッグも含めたファシリテーション能力がある普通の人の方が、プログラマーよりも向いている?

久木田さん:そうだと思います。

石塚:なるほど。そこは全然理解できてなかったですね。

久木田さん:でもその考えに対してアンチの人もいます。プログラマーの人たちにとっては、私の言い方は抽象的でわかりにくいという意見もあります。以前、私が世田谷区教育委員会主催のイベントで授業をした際のアンケートに「なぜプログラミング教育に日本語の話が必要なんだ」という意見がありました。
専門学校では専門用語でそのまま教える事の大切さもあるので、その方の意見もわかりますが、自分なりに子ども達がイメージしやすく、興味が持てる方法だと信じて行っています。
またプログラミングをチュートリアル的に教えて、興味を持てる子がいればその教え方でもいいかもしれません。しかし、今まで私が見てきたプログラムの本には「クラスは~です、とか、継承は~です」という難しい説明から入るものが多い。専門的な言葉の定義が必要だからです。

でもそれだとイメージできない人が多いのでは?と思うのです。私は子供達にわかりやすくするために、言葉とイメージを繋げて話をしてます。オブジェクト指向も、モノとしてイメージしてプログラミングを考えた方が理解しやすいから生まれた考え方です。
最近オンライン授業で取り入れている「マインクラフト *2」というアプリケーションはとても良い教材だと思います。言葉だけじゃなくて、そこにバーチャルなイメージがあります。
*2 マインクラフト…仮想空間の中でブロックを設置して、冒険に行くMicrosoft社のゲーム。

マインクラフトの画面
バーチャルでもイメージすることができれば、実際のモノを扱う時もイメージしやすい。そこを教えられる人材・ファシリテーターを育てることができたら、私が理想とする教育ができあがっていく気がしてます。

石塚:なるほど。今のお話の中に、これからのプログラミング教育のヒントのようなものがあった気がします。もう一つ聞きたいんですが、現状、教室としての課題は?

マインクラフトによる授業風景

久木田さん:ハツメイカー研究所の方針や教え方が私の中で固まってきて、他の講師にとっても、わかりやすくなってきているので、大きな課題である講師の育成に関しても、もう一息かなという気はしています。

石塚:そういった講師育成の課題とは別に、今後の拠点の展開についてはどうですか?

久木田さん:最近はマインクラフト のオンライン講座に力を入れています。今まだ生徒は10人位ですが、反応は良いです。オンラインなのでどこからでも受講可能なので、海外にいる日本人も参加してくれています。

石塚:オンラインの集客も一つの課題ということですね。

久木田さん:実際の教室でやっていくと場所の問題もあるし、曜日の調整にも一苦労です。ただ親御さんの子供の面倒をみて欲しいという要望は大きいですよね。なので私は学童のような場所で教えるのも良いのではと思っています。あくまでも専門的にプログラムを教える教室でありつつ、アフタースクール的な機能も考えています。

石塚:それはいいかも。以前はものづくり学校としても地域の小学校と連携して、授業の中でプログラミングを教えていく方向があったんですが、最近は僕も学童のようなサードプレイス的な場所で教えた方がいいいのではと思ってます。
ハツメイカー研究所 オンライン講座の告知例

これからのSTEM・STEAM教育の行方 *3

*3 STEM教育(ステムきょういく)…"Science, Technology, Engineering and Mathematics" すなわち科学・技術・工学・数学の教育分野を総称する語。それにArtを加えて「STEAM」と表現される場合もある。

石塚:ここで少し質問の方向が変わりますが、今日は今の日本のSTEM・STEAM教育の課題について、現段階で久木田さんはどう考えていますか?

久木田さん:東京大学の大学院で情報学環・学際情報学府では山内祐平先生の研究室が、Makeblock社のサポートの元、STEMやSTEAM教育の取り組みを研究されています。その研究室が開催されてる勉強会があるので、私も参加させてもらっています。
その学府は文系理系の隔てなく学んでいこうというところで、東京大学の中で一番新しいそうです。多くの著名人がここの出身で活躍されています。

「STEM」はサイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マスマティクス、とわかりやすい一方で、「STEAM」のA=「ART」の部分がリベラルアーツのアートなのか、総合芸術のアートなのか、デザイン&アートとしてのアートなのか、この3つで意見が割れていて、今はまだそれを話し合ってる段階です。
私はアートというのは、全部だと思っています。リベラルアーツ *4もアートだし、いわゆる総合芸術もアートだし、美術大学で学ぶのもアートだし、人工知能がアーティフィシャルインテリジェンスならば、AIだってアートです。
*4リベラルアーツ…19世紀後半や20世紀まで、「人が持つ必要がある技芸の基本」と見なされた自由七科のことである。具体的には文法学・修辞学・論理学の3学、および算術・幾何・天文学・音楽の4科のこと。

要は人間に関わる全てのこと、オブジェクトとして捉えられない領域がアートだと思うのです。そして様々な物事を考えるときに、人間的なものに興味を持っている子、自然物に興味を持っている子、子供を観察しているとわかってきます。

なので文系理系で分けるのではなく、その子の思考特性によってアプローチの仕方を考えていく方がいいと思うのです。ただSTEM教育の中にアートを入れて考えるのは少し難しく、まだ自分の中で消化できていません。子供の特性を見定めることに集中しています。

ハツメイカー研究所のロボットコンテストにはデザインやアートの要素も

石塚:それはいい視点ですね。

久木田さん:私は美術の大学を卒業しているので、自分は文系だと思っていたのです。どちらかというと写実的な絵が得意で、イラストみたいな描き方が苦手。似顔絵とかイラストというのは、その人のわかりやすい部分を残し、抽象化をしてるのです。一方、写実的に描くというのは、光による濃淡を鉛筆や画材を使って写真みたいにリアルを追求することです。最近これは理系の領域だ、ということに気がついたのです。

石塚:世が世だったら、久木田さんは理系に進んだかもしれなかった?

久木田さん:もしかしたらそうかもしれません。ちょうど今、甥っ子が美大に進もうかと考えているようです。その子は生物とかが大好きなんですけど、物理や生物学を勉強していてもアートをやる可能性はある。サイエンスを勉強しつつ、アート的な表現をする可能性があるなら、もう文系理系なんて分けている時代じゃない。

石塚:たしかにそうですね。教科は教えやすさ、評価のしやすさの為につくられた部分もあるでしょうし。

久木田さん:そう考えたら、この子は人間のコミュニケーションに関心を持っている子だなとか、自然が好きそうだなくらいの感じで、その子の好奇心のスイッチがどこにあるのか、先生側が見極めてあげることの方が重要だと思います。
そこでSTEM、STEAMという教育が、一つのきっかけになったらいいなと思ってます。

石塚:お話を聞いてるとSTEAMやSTEMっていう言葉も、久木田さんとしてはしっくりきていない感じが伝わってきます。また東大でも議論があるってことは、これからそのような言葉や考え方も変化していく可能性があるということですよね?

久木田さん:結局、私がアート思考とかデザイン思考と言ってるのも、わかりやすくパッケージ化した方が話しやすいからそうしてるだけです。STEM、STEAMも、そうした方がわかりやすいから、名前を付けてるだけに過ぎません。

石塚:もう一つ、教育の評価方法の話についても聞いていいですか? STEM、STEAMというように教育手法や学び方が変わろうとしている今、その評価方法はどう変わっていったらいいんでしょうか?

久木田さん:山内先生のSTEMの勉強会では、常にその話題が出ます。これから評価方法をどうするかという問題です。
STEM教育が進んでいる韓国やアメリカにはそういった指標がすでにあるので、それを元に考えたらいいのでは、と言う先生もいれば、それは数値化できるものだけじゃない、と言う先生もいます。

石塚:じゃあまだ答えは出ていない?

久木田さん:出ていないと思います。しかし自然の摂理であるサイエンスは、オブジェクトとして捉えることができます。人間が持つ情緒性を、"粋"、"幽玄"、"雅"などと日本では表現します。他にも"信頼"や"誠実"など、オブジェクトとして捉えられないものはアートだと考えると理解しやすいし、評価もしやすくなるのではと考えています。

バウハウスのような学校をつくりたい

石塚:なるほど、そこは大きすぎる課題ですよね。では最後になりますが、久木田さんがハツメイカー研究所を通して、今後やりたいことを教えてください。

久木田さん:将来、バウハウス *5 みたいにいろいろな世代の人たちが集まって、ものづくりをしている場所をつくりたいと思っています。デザインの中にテクノロジーの要素も含まれる、そんな学校を作りたいです。
*5 バウハウス…1919年、ヴァイマル共和政期ドイツのヴァイマルに設立された、工芸・写真・デザインなどを含む美術と建築に関する総合的な教育を行った学校。

最終的には大学生が高校生を教えて、高校生が中学生を教えて、中学生が小学生を教える、そういった仕組みを作りたい。そしてそのプロセスの中に、ちゃんと商品化できるものづくりの学びが経験できる、そんな環境ができたらいいと思っています。

石塚::面白いですね。将来ものづくり学校自体がそういう場になれるといいんですが。

久木田さん:どこかに廃校があって、一つの校舎を丸ごとそういった空間にできるならやってみたいですね。これは世田谷ものづくり学校に10年いて、いろいろな人たちの影響を受け、このような考えに至ったのではないでしょうか。

それから世田谷ハツメイカー研究所の教育の理念に関しては、バウハウスに答えがあるのではないかと思っています。去年のバウハウス100周年で訪れたドイツで、買い集めてきた資料がたくさんあるので、それを読み漁って考えていきたいです。

石塚:そういう勉強会をものづくり学校で開催しても面白いですね。 ぜひ今後も教育に関するイベントを一緒に協力して企画できたらいいなと思ってます。今日は長時間お付き合いいただきありがとうございました。

取材を終えて

マニュアルやテキストにとらわれない教育を「世田谷ハツメイカー研究所」という場を通して実践している久木田さん。その久木田さんの目は、これから時代の新しくて豊かな教育を担う場づくりへ向いていました。
そんなハツメイカー研究所と久木田さんの今後に、ものづくり学校として協力しながら注目していきたいと思います。

久木田 寛直

株式会社 Azhai Communications 代表取締役 / 一般社団法人STEM教育協会理事 / 駿台電子情報&ビジネス専門学校デジタルクリエイター科講師 / 世田谷ハツメイカー研究所代表

東京造形大学美術科学絵画専攻卒業。グラフィックデザイン、Webデザイン、美術制作、音楽制作を行うとともに、IID世田谷ものづくり学校にて産学提携を軸とした、プログラマーやデザイナーの育成カリキュラムを実施している。2015年より、mBotを使った親子向けワークショップやプログラム教室を展開している。
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