松陰神社前で地域に融ける暮らしを。「100人の本屋さん&100work」の場づくり

マガジン「せたがや、はたらきかた。」は、これからの時代のやわらかい「はたらきかた」を、ものづくり学校事務局スタッフが世田谷地域をフィールドワークしながら探していくインタビュー記事です。
インタビュアー:企画ディレクター 石塚 和人
昨年4月の初の緊急事態宣言解除後に、松陰神社前商店街のモバイルオーダー(テイクアウト)に関する取り組み「よりあい商店」に関して取材したこちらの記事。
記事公開後、たくさんの反応をいただきました。
その後、2回目の緊急実態宣言が発令されるタイミングで、同じ松陰神社前にコワーキングスペースと今話題のシェア型マイクロ本屋を合わせた複合型スペースを立ち上げる方がいることを、CAMPFIREのクラウドファンディングページで発見。
僕はこのプロジェクトページを読んでいて、いくつかの疑問が湧いてきました。
なぜこのタイミングで、コワーキングスペースをオープンさせようと思ったのか?
なぜ松陰神社前なのか?
シェア型マイクロ本屋とは何か?
今回はそんなところを掘り下げるべく、主宰のわかまつや代表 吉澤卓さんにzoomにてインタビューしました。
起業のきっかけは紅白の郷ひろみ?
*パクチーハウス東京...2007年〜2018年まで経堂にあったパクチー専門飲食店。その上の階には都内初のコワーキングスペース「Pax Coworking(パックスコワーキング)」があった。代表は佐谷 恭氏。
吉澤さん:パクチーハウス東京の話も嘘じゃないし、大晦日の紅白の郷ひろみの、あの昭和的な変わらなさを象徴する演出に衝撃を受けました。その「変わらなさ」を自分に投影して「これはいかんな」と。まず自分が行動しなければ、と思ったんです。

石塚:なるほど、ようやく謎が解けました笑 。
それではまずコワーキングスペースとシェア本屋をオープンさせようと決意するまでの経緯を教えていただけますか。
吉澤さん:私は大学生ぐらいからワークショップの現場に関わっていて。国際理解とか平和とか感情とかっていうグローバルなテーマを座学で学ぶのではなく、若い人たち同士が対話やゲーム的なもので学び、考えていくことをボランタリーにやってました。
そういう学び方とか関わり方を大事にしてきて、卒業後はシステムエンジニアとして働きながら、プログラム運営や企画、あとはファシリテーションについての研修に参加するっていう感じでしたね。
ちなみに中野民夫さんという「ワークショップ」という本を出版して、今は東工大の先生をしている人がいらっしゃるんですけど、当時よくその方の講座に参加してました。
そして彼が関わっていた愛知万博の「地球市民村」という現場に参加することになったんです。それは月替わりで日本を中心に活動しているNPOやNGOの方が自分たちのプレゼンテーションするっていうコンテンツが、6ヶ月間入れ替わり立ち替わりあったのがこの「地球市民村パビリオン」で。
この会場には半年で1万人以上の人が入れ替わり立ち替わり来ていて。そこでいろんなジャンル・テーマの方と繋がりができたんですよね。
石塚:なるほど。
吉澤さん:今はマンションコミュニティ作りっていうニッチな仕事をしてまして。分譲マンションの新しくお住まいになった方の交流とか関係作りを10年位やってきたんですね。
ただコロナ禍で対面イベントができず、しばらく休止状態になって。最近ではZoomを使って交流を再開して、今後もファシリテーター業務は続くんですけど、今後はこのシェアスペースの事業にも軸を置くタイミングです。
石塚:なんだか会社の仕事と、ご自身の活動が絡み合いながら進んでますね。とても面白いキャリアだと思いました。
吉澤さん:いろんな地域の仕事に参加したことで、自分たちが暮らしを主体的に作っていくことが大事だなと感じました。そうすると結局自分が住んでるところでのアプローチを大事にしないといけない。マンションの交流でも色んな方が知り合うあの空間って非常にハッピーなんですよね。
自分たちの地域でもそういうことが繰り返し起きる必要があるので、まずはきちんと何かを考えて育てていく場所があったらって思ってた。
でもそれでは収益を得にくい。
ここ松陰神社前で場を開くときに、ユーザーがちゃんと居て、課金してお金がもらえるっていうビジネスをベースにする必要があり、コワーキングスペースと100人の本屋さんというシェア本屋をやることになったんです。
石塚:そういった経緯だったんですね。そういえば「松陰神社前は御祖父様の由来の場所」とプロジェクトページに書いてありましたが、その辺りについて聞かせていただいてもいいですか?
吉澤さん:そういえば以前、この取材シリーズで松陰神社前の「よりあい商店」を取材していただいたんですよね?
石塚:はい。そうです。
吉澤さん:その「よりあい商店」メンバーで「オールアバウトマイコロッケ」さんっていうお店があったと思うんですけど、あれはうちの親の物件なんです。100年位前にうちの祖父が小売の酒屋を始めた場所で。
吉澤さん:それが父方なんですけど、母方もですね、若林の線路沿いに木立のあるちょっと大きな元農家があって、そこが母の生まれた家。
石塚:ご先祖代々その辺りにいらっしゃるんですね。
吉澤さん:そういうゆかりのある場所で、そろそろ何かをやらないとと私は感じていて。
石塚:今は多くの人が「住んでいる地域に根付く」みたいなことを考え出してるタイミングな気がします。

地域密着型コワーキングとシェア本屋が結びついた理由
吉澤さん:でも世田谷区はまちづくり文化がある町だっていうことになってるけど、やっぱり入り口はすごい狭い。
石塚:それはどういう意味で?
吉澤さん:たとえば建築の勉強をしてたからとか、ワークショップで現場に入ったのでとか、地域で活発に動いてる人じゃないとまちづくりにはコミットしてないっていう現状がある。もっと普通に住んでる人の視線が地域のまちづくりに反映されるべきだと思っているんですけど。
石塚:たしかにそうですね。
吉澤さん:昔の人は皆そうだった思うんですけど、商店街の活動もそこで生業が回ってるからやるだけで、特別な関心があるとかそういう問題じゃない。単純に物理的な距離とか、そこで過ごしてる時間が大切なんだろうなって思っていて。なので地域密着型コワーキングが面白いんじゃないかなっていう感じがしています。
石塚:なるほど。このタイミングだとますますそうですね。
吉澤さん:コワーキングスペースのユーザーは、いわゆるフリーランス的な人しか使わなかった時代から、企業人だけどテレワークにシフトしてきている人が混ざってきていると思うので、そうすると人の集まりの質が変わってくる。
石塚:そうなると多様性が出ますよね。あとクラファンのプロジェクトページに書いてあったパクチーハウス東京に絡んだエピソードも、今回の場作りを始める動機の一つなんでしょうか?
吉澤さん:そうですね。やっぱりコワーキングスペースは誰もが行ったことあるわけではなくて「コワーキングって何ですか?」って聞いてくる方はまだ多い。
自分もパクチーハウス東京やパックスコワーキングに出会ってなかったら、コワーキングスペースが人の結節点になるってイメージは持てなかったと思うんですね。それを考えても佐谷さんがしたことは、今にすごく影響している。
石塚:なるほど。パクチーハウスだけじゃなくてパックスコワーキングの方も利用されてたんですか?
吉澤さん:そうです。腰かけっぽい感じでしたけどメンバーになってました。
石塚:あともう一つやっぱり今回の拠点の中で大きな要素ってその100人の本屋さんっていう部分だと思うんですけど。
吉澤さん:さっきもお話しましたけど、マンションのコミュニティづくりをしていると、やっぱり本の企画が色々出てくるんです。
石塚:そうなんですか?
吉澤さん:でもこれまでは私が本の企画をあんまり面白がれてなくて。そんな時に知った中西さんの*ブックマンションという仕組みは、やっぱり本を置く側もちゃんと売ろうとして、足を運ぶ人もちゃんと買おうしてっていうのが、素晴らしいなと思ったんですよね。
*ブックマンション....吉祥寺にある、棚ごとに本の売り主が異なる、小さな本屋さんの集合体。100人の本屋さんのモデル。中西功氏がオーナー。
石塚:中西さんのブックマンションはどういう経緯で知ったんですか?
吉澤さん:以前ご近所だった子育て関係の知人がいるんですけど、その方がすでに吉祥寺のブックマンションに棚を持っていて、その方に中西さんを紹介してもらいました。
石塚:それはいつ頃?
吉澤さん:2020年の秋以降だったと思います。地域の方がシェア本屋の本棚を借りてくれたら、その方がどういう方かっていうことが見えてくる。そして本を置く人っていろんな知見があるはずで。いざ地域に貢献する、みたいな時にそういう専門性がある人が近くにいることがわかると、全然動きが変わってくるんじゃないかと。
ブックマンションというシステムは、コミュニティのエネルギーがちゃんと出る仕組みで。誰か1人が一生懸命本を抱え込むとか、好きな本を置いてくださいとか交換してくださいって言っても、エネルギーを維持するのはなかなか難しい。
石塚:たくさんの人が関わっているのがいいですよね。オンラインのSNSがリアルな空間に顔を見せてるような感じ。
吉澤さん:Facebookも今勢いが衰えてると思うんですけど、私はむしろいまFBのネットワークに生かされている面があります。ブックマンションのようにきちんとお金をやりとりするサイクルは、単純に優れたデザインだなっていう感じがしますね。
石塚:ブックマンションの仕組みはシンプルなのがいいですよね。そういえばこの事業内容でスタートしようと決心したのはいつですか?
吉澤さん:それは本当に「紅白の郷ひろみ」なので笑、年末の31日で間違いないと思うんですけど。
石塚:でもその時には事業構想自体はまだ無かったんですよね?
吉澤さん:その時点ではまだそのシェア本屋のアイディアはなかったですね。でもコワーキングっていうアイディアはありました。先に取材されたマルショウアリクさんがまさにそうですけど、あのような飲食店がこの10年でこの松陰神社前に広がったので、夜にいろんな方が商店街を居場所にするようになった。私もそこに混じっていましたが、やっぱり昼間の居場所欲しいよなって思ったんです。
吉澤さん:あとランチ需要は1人でも2人でも大きい方がいいっていうのは普通の飲食の方も思ってらっしゃるので。自分が縁がある場所にあるお店とうまくエコシステムが回せたらなと。そこでコロナ禍で日中のテレワークのニーズが増して、今に至るんですけどね。
石塚:なるほど。郷ひろみの演出から受けた衝撃みたいなものが、コワーキングスペースと結びついたと。
吉澤さん:どっちかっていうとコワーキングに関してはそれこそ佐谷さんとの経験があるので、一つの事業の一部にはなってるだろうと思った。だけど全部で128平米あって、コワーキングだけでは絶対回らない。
石塚:もう一つ、何かパズルのピースみたいなものが必要だと思っていたと。

吉澤さん:「足りないな」と思ってた所に、ブックマンションっていう仕組みは、まさにこれだと。コミュニケーションが活発になる仕掛けとして素晴らしいし、エコシステムが確立したデザインである点も、本当にすごいなと。
地域に融ける入り口「100cube」が目指すもの
石塚:構想としてはそういう順番だったんですね。ちなみにオープン予定は?
吉澤さん:2021年2月オープンを目標にしてます。ただちょっとコロナの影響が中々なので、もう一つの要素であるイベントスペース機能は看板として掲げつつ、様子を見ていかなきゃいけない。
石塚:イベントが一番本当に今、いろんな判断が難しいところですよね。サービスの特徴としては、コワーキングスペースと、ブックマンションとイベントスペースと、その3つが主なもの?
吉澤さん:そうですね。そこがうまく本当に共存できるかってなるとわからない。コワーキングスペースって、みんな静かな場所をイメージする人も多いですよね。本屋さんとコワーキングスペースが共存してるっていうのが、ちょっと難しかったりするんですけど、逆にそれが特徴でもある。
石塚:多様な人が混じり合うためには、そういった重なり合う部分も必要だと思います。
そして「ここは何ていう場所ですか」っていうときに「100人の本屋さん」とは別にイベントスペースとしても名前が必要で、「100cube」っていう名前をつけました。それは「100×100」で、あえて「100×100×100」の3乗は、つまり英語で言うと「cubed」なんですが、100万という数字になる。
2028年に世田谷の人口が100万人に到達するという予測なのですが、今世田谷区は特別区で「これから100万人超えても特別区のままなのか?」といういう疑問もあります。それを意識して「100x100x100=100cube」。

石塚:そういうことなんですね!
吉澤さん:結局は何て呼ばれるようになるのかなっていう笑。
石塚:そこも合わせて課題ってことですね。でも「わかまつや」っていうのもいいですね。歴史的なストーリーもあるし。
吉澤さん:意見が二分されますね。「わかまつや」って旅館の名前みたいだよね、という人もいるんで笑。
石塚:今後どんな呼び名で落ち着くのかが非常に気になりますね。最後にオープン後の展望などを聞かせてもらえますか?
吉澤さん:私はできるだけ多くの人が地域に関わることがいいことだと思っているので、コワーキングスペースのユーザー、あとは100人の本屋さんのユーザーが、いろんな形で地域のことに目を向けていくことで何か違うアクションし始めるとか、そういうことが起きたら面白いと思います。
石塚:ぜひそういう動きがこの松陰神社前の「100cube」と「100人の本屋さん」「コワーキングスペース100work」の中から出てくることを期待したいですね。
取材を終えて
そこには地域のことを想いながら行動する人たちの沢山の意志がある。
その意志ある人の1人が今回取材したわかまつやの吉澤さんだったわけですが、きっと彼のような優しい目線で地域を見つめている人の周囲には、きっと地域でアクションを起こしたい人が集まってくるはず。
そんなことを思った今回の取材でした。
